亡くなってから1か月経ちました | 大好きな母ががんになった時

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先月の26日に母が亡くなり1ヶ月ほど経ちました。

家にいると何もやる気が起きません。

母が生きている、それだけですごいパワーをもらっていたのがよくわかります。


最初に入院した先生に、余命について聞いた時のことを思い出しました。



抗がん剤ができなくなってから、どのくらい生きられるのですか?

そう聞きました。


先生は、検査をした画像などを見て、考えながら


3ヶ月くらい…かな
長くても半年かな…

悪くなるときは、徐々にではなく、一気に悪くなることが多いんですよ

そう言っていました。


母は最後の抗がん剤が8月上旬でした。

亡くなった原因は誤嚥性肺炎でしたが、
10月中旬に、緩和の先生に余命1ヶ月と言われたので、大体3か月くらいだったのでしょうか。

がんが確定する前、母が一気に悪くなる状況を見ていて、進行が早いというのは感じていました。

ですから、いつ抗がん剤の効き目がなくなるのか??常に心配でした。



友人からは尿の量が少なくなってきたら、危険な状態と聞いていましたが本当でした。

歩けなくなり、おむつになり、尿の量が減ってきて、血圧も下がってきて、誤嚥性肺炎になり、
亡くなるまではたった4日でした。



誤嚥性肺炎になる直前に、お水と氷をあげたことは、自分を責め、本当に悔やみました。

でも、氷を食べたい、と言った母の希望を聞きけたので、何もせずに終わるよりもよかったのかな
と思えるようになってきました。


母は検査の段階で体力がなく、反回神経麻痺がでていて、抗がん剤もなんとかできた状態だったので、食べること、飲むことに本当に苦労をしました。

食べられて体力があったらもっともっと、生きてくれたのかなと思います。


同じ小細胞肺がんの方、ほかのがんで闘病中の方のブログで食欲があり、食べられたというのを見ると嬉しくなります。


体力をつけて頑張って!
まだ大丈夫! 
食べたいものを食べて!
そう思い応援しています。



もうすぐ四十九日。
四十九日までは、まだこちらとあちらを行ったり来たりすると聞きました。

ほんとに旅立ってしまったら、もう近くにはいないのかな。


実感がないのに、亡くなった直後より悲しみは大きくなっています。 

この感覚は、なんでしょうね。



先日、四十九日法要のためにお花を注文しました。

毎年、祖母の誕生日と敬老の日には、お願いしていた都内のお花屋さんです。

アレンジがいつも素敵で、こちらの要望を色々と聞いてくれます。
お花の画像も送ってくれるので、10年以上ずーっとお願いしていました。

母もいつも喜んでいました。


今まで祖母に贈ったお花の一部です。
画像があるので、被らないように毎回違うお色味でオーダーしていました。

↑このアレンジは、このあと、たくさんのお花が咲いてとても華やかになりました。


これは、東日本大震災後のお誕生日の時、元気がでるようにとオレンジ系で、でも派手になり過ぎないように、とアレンジしてもらったものです。

↑こちらは優しいお色味でカラフルにして欲しいとお願いしたものです。


お母さんの祭壇のあるお部屋も、お花は絶やすことなく飾っていて、葬儀の時のお花も少なくなったけどまだ咲いています。

お花のお手入れをしている時間は、母がそばにいるような気持ちになり、独り言で話しかけてながらやっています。


でも、まだ死んだことが夢のようなのです。

お母さんに逢いたいなー。