こんばんは、深山美希子です。

 
HSP(Highly Sensitive Person・ひといちばい繊細な人)を対象に、数秘セッション・講座を通して、「HSPという才能を活かし、自分の世界を創る」サポートをしています。
 
そして私自身も、HSS型HSP(High Sensation Seeking・刺激追求型タイプ)であります。
 
 
 
初めましての方へ・・・
①私のプロフィール
②裏ストーリー

 

 

▶︎HSPって?

 

▶︎繊細、敏感だからといって内気なわけではない!HSS型HSPとは?

 

 


 

少し前から、私の「HSP起業ストーリー」を書き直しながら、これまでの歩みを振り返ってみています。

 

 

HSPという視点が加わったことで、自分の過去への認識も色々と変化したことを実感しています。

 

マイペースな更新で、間が開いてしまってますが(汗)、お付き合いいただけたらうれしいです!

 
【HSP起業ストーリー②】「みんなと一緒が安心」な私が選んだ道はまさかの・・・
 

【HSP起業ストーリー③】大きな決断の裏にあったのは、強烈な劣等感

 

 

 

 

③でお話したように、強烈な劣等感を抱きながら、「私だけの何かを探す旅」を続けた結果、念願の出版社での仕事という形で社会人のスタートを切った私。

 

当時は何も思っていませんでしたが、HSPの能力を理解した今振り返ると、社会人1年目は、HSPの「洞察力」を最大限に活かし、働き方のベースを作った時期のように思います。

 

 

ただ、夢が叶った喜びというだけではありませんでした。すぐに挫折がやってきたんですね(苦笑)

 

 

 

 

 

 

<HSP起業ストーリー④:HSPの「洞察力」によって培われた仕事観、そして挫折>

 

▼孤独ながらもHSPの「洞察力」を磨いた、社会人1年目

 

大学4年生の夏から始まった、出版社でのアルバイト。

 

編集者を目指していた私は、幸運にも、アルバイトの中で唯一、ある編集長の専属アシスタントとして働くことになりました。

 

 

編集長は女性で、長年業界で活躍されている方だけあって、とにかくテキパキとものすごく仕事が早い!

私の中のデキる女性って今でもこの編集長のイメージが強くて、当時強烈な憧れの気持ちを抱いていました。

そして、編集長は周りからちょっと怖いとも言われていたけれど、ひよっこの私には優しく、とてもよくしてくださったので、私も精一杯それに応えたいと思っていました。




その後、大学を卒業し、社会人としての生活がスタート。


卒業後そのままアルバイトを続けたので、当然新卒研修などない。もちろん、同期もいない。

 

アルバイトの中でもひとりちょっと特別な存在にしてもらったゆえ、同じ仕事をしている人がいなくて、気軽に仕事の相談をできる人もいない。

 

仕事をどうやったらいいのかわからないということもよくあって、孤独だなと感じることが多い日々でした。



でも、私にとってはやっと掴んだ細い細い糸のようなこの仕事、絶対に手放せない!と、自分を奮い立たせていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、まさにこの時期が、HSPの力を大いに役立てていたと思う!(笑)

 

 

周りの人の様子をとにかく観察して、必要なことを理解する。

 

編集長から求められるかもしれないと思うことは、数通り考えて用意しておく。

 

 

正解がわからない中で、仕事が猛烈に早い編集長の足手まといにならないように、まさにHSPの「洞察力」や「共感覚」を使いまくって、模索する日々。

 

それはトライアンドエラーを繰り返す、綱渡りのような日々でもありました(笑)

 

 

でも、おかげで、「全体を見渡す」「必要なものを読み取る」「自ら考えて動く」など、その後の仕事観のベースになるものを得られたのではないかと思っています。

 

 

 

仕事は本当に多岐に渡っていて、編集長のお使い的に色んなところへ出かけたり、ヘアカタログに出てもらえる人を探すために、街でキャッチするなんてこともありました。(今となっては信じられない!笑)

 

他にも雑務は色々あって、宛名書き数百枚、電話確認数百件、梱包数百個とか、最後は400点を超える掲載商品の管理もしていました。

 

アシスタントとして、その時の私ができると思うことを、精一杯やったと思います。

 

後に編集長が、「あなたほど優秀なアシスタントはいなかった」とおっしゃってくださったことは、とても幸せなこととして、今も思い出に残っています。

 

 

 

だから、初めて雑誌のクレジットに名前が載った時の感動は、今でも忘れられないくらい。

夢だった仕事に一歩近づけた喜びを感じていました。

 

 

 

 

当時の写真があまり残っていない・・・ストレス解消は、友人たちと飲みにいくことでした(笑)

 

 

 

 

▼夢と劣等感、そして挫折

 

そうやって、やりたい仕事に就ける喜びと、でも一方では、同級生が皆、正社員として就職していたり、お給料も自分よりずっとよかったり、同期という存在がいたりすることへの羨ましさや劣等感もありました。

親にもなんだか申し訳ないなと思ったりもしたし、当時一人暮らしを始めて、恋愛もうまくいってなかったので、より一層孤独を感じていたように思います。


 

憧れていた仕事をやるという想いで進んだ道は正しかったんだ!と自分に言い聞かせて日々過ごしていましたが、現実はなかなか厳しい。

 

また、私がアシスタントしていた編集長は、編集長・私・外部スタッフというグループで雑誌を作っていたので、自分ができる仕事が雑用レベルに過ぎないという現実も見せられました。

 

劣等感や孤独感に加えて、この先も見えない気がして、自分がこのまま進むのがいいのか、わからなくなりました。

 

 

 

 

そうしてガムシャラに走り、社会人2年目を迎える頃、私はこの仕事を辞めることにしました。

一番の理由は、コンテンツ作りに参加してみたかったから。

圧倒的リーダーの編集長と、実力者が揃う外部スタッフの中で、私ができるのは本当に補佐の仕事。チャンスを得るのは難しい。


編集長からももう少し同世代の人と働ける環境のがいいのかもしれないとアドバイスをいただき、別の出版社を紹介していただきました。が、その頃立て続けに大好きな祖父母が亡くなり、一旦お仕事をやめることに。3ヶ月ほど無職で過ごすことになりました。



この無職の期間が、当時の自分にはすごく辛かったことをよく覚えています。

 

働いていない自分が情けなくて(今なら数ヶ月そんな経験をしてもいいと思うけれど、当時の自分には全くそんな考えはなかった)「毎日働けるってなんて素晴らしいんだ!」という意識が強くなり、この後のパワフルな(笑)働き方にも影響を与えました。


image
恥ずかしいけれど公開しちゃおう、無職の頃の私。精神的にボロボロでピークに太ってた(笑)



そして3ヶ月後、「雑誌作りは諦めたけれど、やっぱり情報を発信する仕事をしたい」そんな思いで、今後ニーズが高まるであろうとWEB業界へ転向することにしました。

 

WEBの世界でも、編集の仕事ができたらいいなと、まだ編集職への望みも持っていたんですね。

 


そして、当時、出版社でありながらWEBコンテンツも持っている会社へ、契約社員という形で就職することになったのです。
 


 

 

 

社会人2年目にして、早くも2社目に転職。

 

夢を失い、劣等感の塊であった私ですが、新たな世界への挑戦によって得られたものがありました。

 

また次に書きますね。

 

 

 


今回もお読みくださり、ありがとうございました!

 


次回へ続く・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

繊細さん、敏感な人とされるHSP(Highly Sensitive Person)は、
その「感受性の強さ」こそが強み!

HSPを生きづらさではなくて、自分の強みとして活かし、

本当の自分らしく輝いていけるように、
数秘というツールを取り入れてみませんか?
 

 

▽私らしさを活かすにはどう進んでいったらいい?

▽私の人生これでいいんだっけ?

▽モヤモヤしてばかりで動けないのはなぜ?

▽他人に流されない自分になるには?

▽今のままで進んで行くことに違和感があったら?

▽人生の流れを理解して進むメリットを知ると?

 

そんな方は、ぜひ一度いらしてくださいね。

 

▼ ご提供中のサービス
 ・【HSP対象】数秘セッション
 ・HSPのための「現代数秘講座(ベーシック)」

 

▼ 無料メールマガジン

  

 

▼ プロフィール
・プロフィール
・本当はコンプレックスだらけの人生だった
・HSS型HSPであることに気づいたきっかけ