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 著者名の代わりに人生戦略会議と書かれている。複数の著者による最大公約数的取りまとめ内容の著作だろうから、良くも悪しくも個性がなくてつまらない。2009年1月初版。

 

 

【自分という要素をねじ込むと・・・】
 「自分」を高く評価してくれる会社を探し、転職してみたものの、次の会社でも同じような評価しかされないのはなぜでしょう。
 理由はおそらく、自分が思うほど、「自分」の価値が高くないからです。
 あなたはつまらない人間ですよ、といっているのではありません。
 仕事というもの、つまり、人の役に立って、お金をもらうという単純な仕組みの中に、「自分」という要素をねじ込むと、それが仕事をつまらなくする原因となり、自分を過大評価する原因にもなるのです。(p.16)
 つまり、仕事に関して大切なのは、
 「自分」とか「自分らしさ」といったあなたの人生を阻む思考を引き算するということです。
 生き方に迷い、それでいて、変化や成長ができない人に特徴的なのは、「こういうのがオレだ」「これがオレらしさだ」と価値観を増やし続けるという点です。(p.34)
 自分の意向はとりあえず置いておいて・・・・という感じの生き方。それを「第3の生き方」と言っている人もいるけれど、下記のリンクから辿っていけば、先人たちはみな「第3の生き方」を推奨しているのである。
   《参照》   『生きがいの言葉』 飯田史彦 (PHP研究所)
             【やりたい仕事】

 

 

【現実の日本は、「おひとりさま生活者」の国】
 現時点で未婚であれば、結果として「ひとりきりの余生」が訪れる可能性は否定できません。データをみても、かつては3%前後で推移していた男性の生涯未婚率(50歳まで一度も結婚しない人の割合は、90年代から急騰し、00年時点で12.4%になりました。(p.53)
 「生涯未婚率」をキーワードにして検索してみればすぐに分かるけれど、2012時点では、既に20%である。これに近年の離婚率(33%)を加味すれば、2人に1人は独身生活ということになる。この流れが逆になることはない。
 現実に、「おひとりさま生活者」が成人人口の半数を占めているのである。だのに社会の実状を捉える意志のない地方(痴呆)行政は、何の策も講じていないだろう。社会から「引き算」すべきなのは、時代の変化に対応する意志なき老害政治屋どもが寄生する痴呆行政だろう。
   《参照》   『おひとりさまで幸せになる人、ならない人』 柏木理佳 (幻冬舎)
             【おひとりさま中心の社会】
          『アエラ族の憂鬱』 桐山秀樹 (PHP研究所) 《前編》
             【「おひとりさま」の経済性】

 

 

【テレビを引き算する】
 思い切ってテレビを引き算してしまいましょう。ニュースは新聞で読めばいいでしょう。天気予報はネットで十分です。 ・・・(中略)・・・ 。
 テレビのいちばんよくないところは「受け身」であることです。 ・・・(中略)・・・ テレビを見ている時間、あなたは何も考えていないし、誰ひとりあなたの存在を知覚していません。無為に時間だけが流れているのです。(p.135-136)
 読書はテレビに比べたら能動的な行為であると思われているけれど、読書記録を書いていなかった頃のことを振り返ってみると、「読書記録を書かない読書は、テレビと同じで無為な時間になってしまっているんじゃないだろうか」と思えてくるのである。記憶力が健全な30代までは読書記録を残さずとも読書が無為になるとは思わないけれど、それでも書き残すか否かは重要なポイントである。書き残すことに時間を割くようになれば、必ず考えるようになるからである。
 テレビは「引き算」し、その時間を読書にあてて読書記録を「足し算」するなら、かなり効果的だろう。
   《参照》   『「知の衰退」からいかに脱出するか?』 大前研一 (光文社) 《中編》
             【1読んだら5考えよ】
             【読書集団の「集団知」】
   《参照》   『なぜ勉強するのか?』 鈴木光司 (ソフトバンク新書)
             【なぜ勉強しなければいけないの?】

 

 

【心療内科の功罪】
 平成19年に自殺した人で原因がわかっている人の63%が「健康問題」が原因です。はたしてそのうちのどれくらいが「心的な病」だったのでしょうか。少しでも心当たりがある人は、心療内科の扉を叩いてみましょう。(p.138)
 このお勧めには、全く同意できない。このお勧めに従ったら、自殺者がさらに増えるだろう。
 軽度の鬱なら、野外で日光にあたりながら体を動かすような生活を心がければ、治ってしまうはずである。ましてや精神科医の処方する向精神薬を服用するなら、破壊的な自殺衝動に突き動かされることだろう。
 下記リンクのコメントにある背景色が緑色の文面と、そこに示されている動画をよく見ておくこと。
   《参照》   『大和物語 第2巻 アメノウズメの語る』 山内光雲 (たま出版) 《前編》
             【医薬品依存への警告】

 

 

【死にまつわるあれこれを引き算する】
 意外にも、この本の終盤には死に関することが、かなりの頁を割いて書かれている。
 動物は自殺しません。何故かといえば、死について考えないからです。人も同じで、「いっそ自殺したほうが・・・」といった思考を、スッキリと引き算できる人が、自殺からもっとも遠いところにいる人です。(p.161)
 「お金は塩水のようなものだ」
 といった人がいます。飲むほどにのどが乾くように、欲求に際限がないということです。死の不安というのも、本質は同じです。考えはじめれば、次から次へと新たな不安が出てくるだけです。終わりがありません。底なし沼です。考え過ぎて眠れなくなるか、保険金の掛け金貧乏になるのが関の山です。
 さて、賢いみなさんには、あえて訊く必要もありませんが、一応、聞いてみましょう。
 ばかばかしい人生を避けるためには、どうすればいいのか。
 簡単です。不安を生み出しているもとである、死にまつわるあれこれを、思考の中から引き算することです。(p.167)
 チャンちゃんは、高校生の頃、とっとと人生を終わりにしようと思い、スッとクレゾールを飲んだような人間だから、「死が怖い」という人のメンタルが全然わからない。ましてや生命保険まで掛けて掛け金貧乏生活を送っている人なんて、なおさらわからない。ちゅうか、本音では「馬〇確定」と思っている。死ぬ時は死ねばいいだけだろう。火葬代の10万円だけ残っていればいいのである。
 最初からこのようなシンプルな考えのもとに生きていれば、引き算するものなどなく、足し算したがる過剰な欲求も生じないはずである。
   《参照》   『生きるも死ぬもこれで十分』 帯津良一 (法研)

 

 

<了>