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 テレビで呼びかけられ、応募された2640作品の中から、選ばれたいくつかの文章が掲載されている。
 内容とすれば、かつて韓国で作られた 『世界でいちばん大切な思い』(東洋経済新報社) のようなものが多いけれど、いかんせん400字詰め原稿用紙1枚という制限内で記述されたものだから、「感動する」とまでは言えない。

 

 

【「おしたじ」と「おこうこ」】
 祖母は、明治に生まれ、若い頃浅草に暮らしていたという。その祖母を囲む食卓には「おしたじ」があって「おこうこ」があって、「ぼはん」と「おみおつけ」と数品の「おかず」。そして食後には「水菓子」を食べる。食卓の風景はこんな感じだった。
 今も食卓に並ぶものはそれほど変わっていないのに、「そこのおしたじ取って」とも「今日はおこうこ、少ないね」とも言わなくなった。子供の頃は、その「おしたじ」「おこうこ」の響きがとても古臭く感じられ、「おばあちゃん、これはおしょうゆでしょ」「友だちの家では『おしんこ』って言ってるよ」などといちいち口を出していたものだが、今思うと祖母は定めし寂しかったろう。新しい言葉の方が「良いもの」だと勝手に思い込んでいた年若かった自分を、恥ずかしく思う。
 この前、ふと思いつきで息子たちに「おしたじ取って」と行ってみたら案の定、通じなかった。(p.152-153)
 この本の中には、おばあちゃんに関わる記述が一番多い。中でも特に多いのは、お婆ちゃんなど目上の人々の優しさに素直に答えられなかったことに対する心残りや後悔の類である。そんな文章を綴っているのは、大抵は40歳以上の人々。ある程度年齢を経ないと分からないことってあるから、仕方がないことだけど・・・・。

 

 

【急行電車の車掌さん】
 そのとき私は、祖父と両親の家に向かっているところでした。私の家は田舎で、富良野で乗り換えて金山という駅で降り、バスで峠を越えたところにありました。
 無事に乗り換え、ひと息ついたところで大変なことに気づきました。なんとその電車は急行だったのです。急行は金山には止まりません。戻ってくる頃にはバスは終わっています。困り果てた祖父は、車掌さんに相談しました。車掌さんはしばらく何か考えていたのですが、「なんとかしてみます」と言って、何やらあわただしくあちこちに連絡をしだしました。そして、私と祖父をドア近くに呼び、「金山で30秒ほど停車します。その間に降りてください。金山駅には連絡を入れてありますから」。そう言って金山駅で降ろしてくれたのです。
 きっと、困り果てている老人と孫を不憫に思ったのでしょう。彼の行為は、規則を逸脱しているものだったかもしれません。でも、そこには今の日本人が忘れている思いやりと優しさがありました。(p.22-23)
 一番最初に掲載されている「初夏の風と落しもの」という作品も、都電に乗っていた小学校一年生が定期券を風にまわせてしまい泣いていたら、車掌さんが電車を止めて拾ってきてくれた、という話である。
 昔の日本は、こういった人間本位の温かい社会だったに違いない。しかし、最近は何でもかんでも規則・規則である。
 数年前、足に怪我をしていたとき、目的地が丁度バスの停留所と停留所の中間あたりだったので、ワンマンバスの運転手さんに「そこのT字路で止まってくれたら助かるんですけど、お願いできませんか」と言ったら「道路運行法でバス停以外は停まれないことになっています」と実にクールに言いつつ平然と次のバス停まで行ってしまった。そこは地方の路線バスで、後続車とてさしてないような閑散とした道路だったけれど、現代はそんなもんである。人間より規則が優先するのである。

 

 

【「規制・規則・法律には絶対に従うべき」と思い込む愚かさ】
 日本では、小学校低学年から「規則を守りましょう」と当たり前に教えているから、日本人は何の疑いもなく本当によく規制・規則・法律を守るようになっている。しかしそのために、良識や温かさが失われているどころか、人々はとんでもなく大きな不利益を被っているケースが多々あることに気づいているだろうか。
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 分かりやすい具体例を上げるならば、上掲写真に示す、一般道路標識の不適切がある。
 前方に合流車線を確認したところで、教習所で習ったとおりサイドミラーで安全確認しながら減速せずに本線に入っても、そこに一時停止の標識があれば、一時停止違反で罰金を課されるのである。合流に際してサイドミラーに意識を集中して安全確認していれば、上部や左側のそんな標識などまったく目に入らないけれど、栃木県足利市50号線にはこのような、道路構造と標識が整合しない場所が実在するのである。
 チャンちゃんが一時停止違反で停止させられているわずか5分ほどの間に、連続3台つかまっていた。 この様な道路標識は、人々の安全を守るという目的から離れて、人々から罰金を巻き上げるために公務を利用した警察利権の罠として作られているのである。栃木県足利警察署の良識を逸脱した悪辣ぶりには凄まじいものがある。
 

 足利警察署の特殊性について、記述しておきましょう。

 足利と言えば、足尾銅山が有名ですが、北関東では、足尾銅山は常磐炭鉱とならんで有名な鉱山でした。戦後、朝鮮半島の人々が仕事を求めて、炭鉱の労働者となった経緯があったようです。常磐炭鉱を時代背景とした 『フラガール』 というヒット映画がありましたが、この監督も在日の人でした。

 このような時代背景があったので、足利銀行は、日本国内で唯一の、朝鮮半島へ送金可能なコルレス銀行として資格をもっており、朝鮮総連のメインバンクとなっていたのです。これらが意味することは、足利という地域は、朝鮮半島系の在日の方々が多く住む地域だということです。

  《参照》   『この国を支配/管理する者たち』 中丸薫・菅沼光弘 (徳間書店)

              【足利銀行】

 そして、警察、ヤクザ、在日、といった人々は、ほとんど境界のない人脈で繋がっています。「警察≒ヤクザ」ですが、一般の日本人は、こんな明白な社会常識を御存じないようですね。これは、戦後、日本を支配するために、DS(ディープ・ステート=世界支配者)の計画に即しておこなわれました。即ち、朝鮮半島勢力を、政治、警察、宗教、ヤクザ、裁判所などに、キッチリセットアップしておいたのです。警察官には、朝鮮半島にルーツを持つ、在日2世、3世、が非常に多く採用されています。極めつけは、北関東(群馬県)出身の在日朝鮮人・中曽根康弘ですね。警察官僚から首相に成りあがったクズの巨頭です。中曽根こそは、DSにとって最大の功労者だったわけです。

  《参照》  『神国日本vsワンワールド支配者』菅沼光弘×B・フルフォード×飛鳥昭雄(ヒカルランド)

              【中曽根康弘の正体】

 このあたりに興味がある方は、下記の5つのリンクを全部はじから辿ってみてください。 共通項は、「在日」です。 

警察・検察 ・ 創価学会 ・ 裁判所 ・ マスコミ ・ 医療


 そもそも警察幹部といわれるお偉いさんたちが法律をどのように利用しているか、一般人も知っておいた方がいいだろう。「パチンコ業界は、株式上場できない」という法律があるけれど、これは、上場に際して役員名を公開しなければならないから、警察幹部の天下り実態がバレないように、「パチンコ業界は上場できない」という特例法を恣意的に定めているのである。どうりで警察が「法令順守」と言うわけである。
   《参照》   『日本が潰してはいけない会社』 立川昭吾 (青志社)
              【日本でパチンコ屋は上場できない理由】

 以下もとんでもなく不公平な法整備例である。民間人からは苛烈に搾取するだけしといて、法整備するのが容易な公務員は自分達だけちゃんと安全に守るのである。
   《参照》   『日本国増税倒産』 森木亮 (光文社) 《後編》
             【退職手当債】

             【日本の家庭の貯蓄率】
 国際世界で、最悪の恣意的事例を上げるなら、世界が定めたBIS規制である。これによって、日本は経済的に実に20年以上も復活できずに沈滞し続けているどころか、さらに悪しき事態へと誘導されつつあるのである。
   《参照》   『2012年、日本経済は大崩壊する』 朝倉慶 (幻冬舎) 《前編》
             【BIS規制】

 規制・規則・法律なんて、実体はこんなもんである。これらの内容や実質について何も考えることなく、ただ「法令順守」と主張するだけなら、「私は公設暴力団の組員です」といっているのと全く同じだろう。

 

 

<了>