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 かつて、中里さんの著書 『水人』(扶桑社) を読んで中里さんの人柄を私なりに知っていたので、このタイトルの意図するところは十分推測できていた。
 地球自体の “アセンション(次元上昇)” が叫ばれる昨今、あえてその反語である “ディセンション” としたタイトルは、個々の人間にとって十分意味深い示唆になっている。地球全体が アセンション に向かうとしても、個々の人それぞれが ディセンション という言葉に例えられる意識に沿わない限り、けっしてマッチしないのである。
 この著作は、1ページ毎に小見出しが付けられ、詩のような形式で著者の気づきの文章が綴られている。
 
 
【真実】
 個人的な利益や自己顕示欲のために真実ではない発言を慎む
 他人の妄信や狭量をいさめるときには
 批判ではなくハートをこめて対話する

 これが吾の失敗と犠牲から学んだ水人流生き方

 サバイバルとは水のようにどんな隙間でも入っていける
 変幻自在な型のない在り方をいう                (p.59)
 私は、ここに書き出した部分の失敗をいまだに繰り返している。反省。だから、この部分だけ書き出しておいた。
 ところで、サバイバル以下の部分を読んでいて、大学時代に受講した水理学の最初の授業で、清水教授がいきなり黒板に書き出した人生訓のような内容を思い出していた。
 確か “水五則” と題された5カ条だった。その全てを覚えてはいないのだけれど、1つは、「水は高きより低きに流れる」 であり、もう1つは、「水は方円の器に従う」 というものだった。出典については記憶違いかもしれないけれど、おそらく中国の古典の中にある文言だったのではないだろうか。
   《参照》  『数霊に秘められた宇宙の叡智』 深田剛史・はせくらみゆき (徳間書店) 《後編》
            【 水から学べ 「自由自在」 】

 前者はディセンションそのものであり、後者は中里さんが書いている内容そのものである。
 水五則は、地上を流れる水の様子から象徴的に学びとり易い人生訓だった。中里さんのように広大な海をフィールドとしている人の記述表現の中では、空と宇宙に連なって魂が開かれてゆくような記述が、よりその冴えを発揮していたように思う。チャンちゃんは、この著書の中で、そのような箇所を楽しんだのである。

 

 

【愛しき日本の姫君達☆】
 西洋での生活が長かったからこそ観えてくることがある
 日本ほど和を大切に重んじ
 リスペクトの波動を互いに
 言葉の枠を超えて扱える民族はいない・・・・  (p.90)

 夫婦は互いに “リスペクト(敬)” の気持ちを保たねばならないのは当然として、子どもは最初に全ての信頼と受容を母親に委ねるのだから、子どもに対しては、母親が “敬” を身をもって示し教え育むのが重要な役割であると思う。
 子どもの時に敬う気持ちが育たなければ、大人になって敬われる人になろうと思えないのである。人間の成長に照らしても、ディセンションあってこそのアセンションと言えるのである。人に対する尊敬であれ、神や自然に対する畏敬であれ同じである。
 日本文化を象徴するものであり、武家の根本法といわれた御成敗式目 第1条には、こうある。
  「神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添う」 

       《 参照 : 箱根の写真 》
 日本人でありながら “敬” を扱えないとしたら・・・・、神々は日本人に “徳” の恩恵を施さないであろう。

 前掲書き出しに続いて、こう記述されている。

 男も女も母親から生まれてくる真実に抵抗できるものはないのだ
 だからこそすべての母になる女性たちに願ってやまないことがある
 愛を教え
 忍耐を教え
 礼を教え
 慈しむ心を授けて欲しい・・・・
 心から叫びたい
 世界の女性の雛形
 模範であって欲しい    (p.90)
 中里さんは、子ども達のために様々なボランティア活動を行っている。それゆえに 「愛しき日本の姫君達」 と題した記述を書いている気持ちは、チャンちゃんにもよく分かる。
 地球のことを 「母なる地球」 とは言っても 「父なる地球」 とは決して言わない。持続可能な地球であるために、母親となる日本人女性達が賢明であるか否かが全てである。
 中里さんと、全く同感だ。
 
<了>