既にある未来に向かっているとしたら | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
激動の人生を送る人、というのがいる。
あんまり波風も立たず順風な人、というのがいる。


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その分かれ目、って一体なんなんだろうか
とよく思う。


激動の人も、別に激動の人生を送ろうと
思っていた訳ではないのだと思う。
自覚がないだけで
普通では満足していなかったからかもしれない。
とも思う。
だけど、自分のことならまだしも
家族や友人や周りに起こることは
受け取り方は変えられても
(人によって違っても)
起こる出来事は操作はできない。


これは、偶然なんだろうけれど
どこかで何か法則があるのかもしれない。
無いのかもしれない。


例えば未来が既にあるとして
そこに向かうのに必要な事や
通る道がいく通りもあって
もしかするとガタガタ道を経由する人
空いている高速道路を経由する人
と言うだけのことかもしれない。


どこを通るかはその時々だけど
「私」や「誰か」
と言う個人の未来が既にある場合
今何を選ぶかで、何に目を向けるかで
出来事や道は変わってくる。



未来は既にある



もしかしたら
そう言う様になっているのかもしれない。
それは、生きているうちに
たどり着けないかもしれないし
予定通り到着して通過して
その先まで進むのかもしれない。


なんか、そんな事を思う時
今どうあれど「その未来」に向かうのであれば
何にも心配することなんてきっと無いんだよ。



既に未来はあるんだから



ただ
目の前のことに
精いっぱい目を向けて
今を生きていたらいい。


そしたらきっと
流れは「あそこ」に運んでいってくれるんだから。


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次から次へと
と言う言葉があるけれど
それをそう思うのは周りであり
本人では無い事もある。
問題ばかりが入れ替わり立ち替わり
現れる気がする時だって
そこに意味を持たせるのは
いつだって未来や過去に目が向いている時。


問題ばかりが起こる、と思う時は
ますます今を生きることをしてみたらいい。
きっとそうなのだ。
私たちは「今」不在過ぎるんだ。



1年ほど前から、ある実験をしています。
その流れの中で、ある確信を得つつある。

頭で解決できるのは、ほんの表面的な事だけ。
それはむしろゲームに近いくらいだ。
暇潰しと言ってもいい。


それは全部全部、1つの理由からなんだと思う。



心の声はなんと言ってるだろう?



そろそろ誤魔化しが効かない時に来ている気がするよ。

人生はうまくできているな、と思う。
ダメージを与え過ぎて潰れない様に
流血してもギリギリ死なないところで助かる様に
でも、なるべく早く確信にたどり着く様に
自分に合った力加減で軌道修正が入るんだね。


おかげさまで、ハードだけど
充実して笑って最期を迎える未来に向かってる。
そんな気が、とてもする。


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