鏡に映った現実と本当の世界 | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
今日は、内勤があったのですが鎮守神社さんへ行きたくて、パソコン背負ってえっちらおっちら散歩がてら出かけて来ました。

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私の産土様は八幡神社の系列で、大元は佐賀県の宇佐神宮。
一度尋ねてみたいと思ってますが、なかなか行かれずにいます。


特になんか目的があったわけでは無くてね。
旦那さんがお休みになって、子供たちも休んだので、「家で内勤は捗らないな。ファミレスにでも行こうかな。それなら鎮守様にも行こう」
と、そんな程度で行って来た。



そしたらね。
お参りしているその時に、凄いビジョンがやって来た。
いつもここへ来ると、何某かのメッセージをもらうことになる。
でも、日にち決めて来るとか、そう言う風に来たことはなくて、どっちかと言えば思い付きで来るんだけど、いつもなんだか凄いタイミングでどんぴしゃりな事を持ち帰ることになるのです。


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2礼2拍手して前を見ると、そこには私の背中側の景色がくっきりと映っていました。
今日はご覧の通りの晴天。
拝殿内は暗くて、お詣りどころにあるガラスは、鏡のようになって中は見えず、周りの景色を映していた。

私の背中側は参道があって、その先はT字路になっていて、車が通る景色があった。
どんなに目を凝らしても、その景色の奥にあるはずの拝殿内は全然見えなかった。
かろうじて、私の身体が映るあたりは暗く、僅かに中が感じられる程度だった。


鏡の世界を見て進む



そのすぐ後、境内の摂社に移動していてふと目に入ったこれ。

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今までにもきっと何度も見てる。
でも、この時思ったんです。

あ、ここにも富士塚があったんだ!


って。
品川神社の富士塚はよく知っていたけれど、つい昨日立ち寄った神社さんにも大きな富士塚があってね。
都内では1番の大きさらしかった。
そんなことがあったので、あ、また富士塚だ。と思ったのですね。

これまでも何度となく目にはしていたはずなのだけど、昨日の事があり、今日あらためて認識したかんじだった。

その時。



何も見えていない(見ていない)




ふと、そのキーワードが頭をよぎる。
その直後、愕然としました。


私は何も見えてなかったんじゃないか?
鏡に映った世界を現実の世界だと思い込んでいたんではないか?
この先に道があると思ったその道は、後ろの景色ではなかったのか?
本当の世界は、くるりと振り返らなければ見えないのではないか?



しばらく衝撃で動けなかった。


なんとなく、どの辺りのことなのか察しはつくのだけど、衝撃波がデカすぎてキチンと頭が働かない。
脳震盪が治るまで、少し時間が必要かもしれないね。


人は見たい様に見ている


そうは言うけれど。
何か上手く歯車が噛み合わない事があるのなら、もしかするとそれは鏡に映った世界を見ているからなのかもしれない。
鏡の世界は、いろんな事があべこべだ。
鏡に映っている、と知ってたら問題にならないことも、現実だと思い込んでいるから問題になっているのかもしれない。



うまく言えないけど、なんか、世界がひっくり返りそうな、そんな衝撃を受けています。
少し落ち着いたら、じっくり向き合ってみようと思います。