とても痛いです。
麻酔は驚くほど太い注射器にたくさん入っていて、見ただけでビビる。
その麻酔も、劇的に痛かった

約10年ほど前、ある映画の現場に入っていた真夏。
私は、その現場でのやり方や優先順位など、全く理不尽でやってられないと感じていました。
人間模様も私にとっては最悪で、作品の責任者達が重きを置いている事に全然賛同出来ず、今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな日々を過ごしていました。
フリーで映画のスタッフをしていた私にとって、1度引き受けた仕事を途中で投げ出す、という事は知名的な汚点にもなりうる事だったのだけれど。
そんな日々の中で、ある日背中が酷く膿んでしまい、切開を余儀なくされた。
切った背中は痛くて痛くて、膿んでいたので直ぐに傷を塞ぐ事もできず、2、3日ごとに病院に夜な夜な通う毎日だった。
眠れない時間のない現場中に、終わった夜中に病院へ通う。
そこでの処置も毎回とても痛かった。
毎日現場に出ながら、背中の痛みで多くは考えられず、目の前のことをこなしていました。
そんな中、かかった外科の先生はとてもいい先生で、『怪我も病気も治すのは医師ではない。自分で治って行くのを私たちは少し手伝っているだけなんだよ』と、よく話していました。
そんな先生だったので、全く愉快な要素のない通院だったけれど、なんとかかんとか通えていた様な気がします。
私の仕事の事情もよく理解してくれて、真夜中の時間外にしか来られなくても嫌な顔一つせず、処置をしてくれたな。
そしてね。
傷もずいぶん治って、無事に現場もクランクアップして、それから思いました。
あ。私はあの傷に助けられたのだな
と。
私は恐らく、あの時背中を切開する、という事がなかったら、現場を離れていた様な気がするのです。
もし離れなくても、毎日上の人とケンカをするとか、いがみ合う様な日々を送ったのではないか?と思うのです。
それが背中の傷の痛さで、アレコレと思考を巡らせる様な余裕は無くて、やる事をやるだけで精一杯になった。
誰かの考えや指示にムカついてる余裕も無くなったんですね。
そのおかげで、余計な事を考える事も無く、やる事をやるか痛いと思っているか、時間の過ごし方はこの2つだけになった。
真夏でクソ暑かったしね~。
あれがなければ、きっと現場を辞めてたな。
そう思うと、最後までやり切れたのは、あの時の背中の傷のおかげなんですよね。
そして、今、同じ症状で腰が膿んでしまって切開してきました。
この一月は、本当に色々あって大変だった。
仕事もままなからなかった。
経過としても物理的に、膿むべくして膿んでしまったのは間違いないのだけれど、なんかあの時の事をふと思い出してね。
私はちょうどこの春から、色々また変わり始めています。
どこか、それらの作業をする事にブレーキもかかっている気がする。
新しい場所って、多かれ少なかれストレスかかるしね。
それが嬉しい事であってもね。
そして、余計な事を考えてないで、さっさとやる事やんなさいよ!
と、そんな自分からのメッセージの様にも感じました。
そうだね。
明日からはやる事をやる。
これを今は第一優先にして行こう。
あれこれ考えるのはやってから、だ。
ペアのコサージュを作ってもらいました





