身体が教える大切なこと | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
さっき、腰を切開してきました。
とても痛いです。
麻酔は驚くほど太い注射器にたくさん入っていて、見ただけでビビる。
その麻酔も、劇的に痛かった


{F04D3B96-A9D5-4795-834F-671C2FFED5D3}
我が家のベランダからの景色




約10年ほど前、ある映画の現場に入っていた真夏。

私は、その現場でのやり方や優先順位など、全く理不尽でやってられないと感じていました。
人間模様も私にとっては最悪で、作品の責任者達が重きを置いている事に全然賛同出来ず、今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな日々を過ごしていました。


フリーで映画のスタッフをしていた私にとって、1度引き受けた仕事を途中で投げ出す、という事は知名的な汚点にもなりうる事だったのだけれど。



そんな日々の中で、ある日背中が酷く膿んでしまい、切開を余儀なくされた。
切った背中は痛くて痛くて、膿んでいたので直ぐに傷を塞ぐ事もできず、2、3日ごとに病院に夜な夜な通う毎日だった。

眠れない時間のない現場中に、終わった夜中に病院へ通う。
そこでの処置も毎回とても痛かった。

毎日現場に出ながら、背中の痛みで多くは考えられず、目の前のことをこなしていました。
そんな中、かかった外科の先生はとてもいい先生で、『怪我も病気も治すのは医師ではない。自分で治って行くのを私たちは少し手伝っているだけなんだよ』と、よく話していました。


そんな先生だったので、全く愉快な要素のない通院だったけれど、なんとかかんとか通えていた様な気がします。
私の仕事の事情もよく理解してくれて、真夜中の時間外にしか来られなくても嫌な顔一つせず、処置をしてくれたな。


{CCE144B0-DC88-42BC-85A9-BAEAF22C268F}
現場の私




そしてね。
傷もずいぶん治って、無事に現場もクランクアップして、それから思いました。


あ。私はあの傷に助けられたのだな


と。



私は恐らく、あの時背中を切開する、という事がなかったら、現場を離れていた様な気がするのです。
もし離れなくても、毎日上の人とケンカをするとか、いがみ合う様な日々を送ったのではないか?と思うのです。
それが背中の傷の痛さで、アレコレと思考を巡らせる様な余裕は無くて、やる事をやるだけで精一杯になった。
誰かの考えや指示にムカついてる余裕も無くなったんですね。

そのおかげで、余計な事を考える事も無く、やる事をやるか痛いと思っているか、時間の過ごし方はこの2つだけになった。
真夏でクソ暑かったしね~。


あれがなければ、きっと現場を辞めてたな。


そう思うと、最後までやり切れたのは、あの時の背中の傷のおかげなんですよね。





そして、今、同じ症状で腰が膿んでしまって切開してきました。
この一月は、本当に色々あって大変だった。
仕事もままなからなかった。

経過としても物理的に、膿むべくして膿んでしまったのは間違いないのだけれど、なんかあの時の事をふと思い出してね。


私はちょうどこの春から、色々また変わり始めています。
どこか、それらの作業をする事にブレーキもかかっている気がする。
新しい場所って、多かれ少なかれストレスかかるしね。
それが嬉しい事であってもね。


そして、余計な事を考えてないで、さっさとやる事やんなさいよ!
と、そんな自分からのメッセージの様にも感じました。


そうだね。
明日からはやる事をやる。
これを今は第一優先にして行こう。
あれこれ考えるのはやってから、だ。




{883E5202-7ABE-48FC-842C-D970647F1EBC}

入学式に着る娘と私の服。
ペアのコサージュを作ってもらいました