日本で豊臣秀吉の朝鮮出兵とか
文禄の役とか言われているのは
韓国では壬辰倭乱(임진왜란)
慶長の役が丁酉再乱(정유재란)と
いわれています。
赤矢印が日本軍の主要進入路
青矢印が朝鮮と明連合軍
この中で
今回特に注目したのが
幸州山城の戦い
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幸州山城の戦いは、
韓国語では幸州大捷(행주대첩)
大捷(대첩)とは大勝(대승)のことで、
反対が惨敗(참배)、敗北(패배)なんだそうです。
tolmengiさんがコメントで教えてくださいました。
つまり、幸州大捷は、
朝鮮側が七戦七勝という
大勝を修めたんですが、
日本軍3万人、それも鉄砲部隊。
朝鮮軍2千3百人、弓矢と石ころ部隊。
幸州大捷の有名なのは、
女性達がエプロンに石ころを詰めて戦って
3万人の鉄砲部隊に勝ったというのです。
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ウソでしょ❗❓
漫画じゃあるまいし。
しかし、沙也可を調べて
カンづきます。
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幸州大捷が終わった後、
權慄(권율)将軍が沙也可を王の所に連れて行き
王が沙也可に金忠善という名を与えたのです。
ん❓
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何か感じるものがありますよね❓
ま、何も言わないでおきましょう。
幸州大捷は權慄(권율)将軍が凄い人だったんだと
書いてありましたから。






