夜中の0:30に父の訃報を受けて。
持ち物用意。すぐは帰れないかも?と冷蔵庫整理。さまざま片付け。
そんなことをしているうちに夜が明けてくる。
朝イチの新幹線に乗る。
寝てないから新幹線で寝なくちゃと思ったものの頭がギンギンして寝られない。
新幹線車窓より仙台以北。金色の稲穂。
ポメ子ごめんよ。
娘ごめんよ。
家をあけるのにネックなのはポメ子。
娘がちょうど家にいたもののそれがよかったのかどうなのか。
娘は2日前に退院してベビを連れてきたばかりだった。
体もまだ回復してなくてむくみもひどい。
3時間起きの授乳。だけじゃなくてベビは寝ないで泣く。新米ママも不慣れ。
なのにポメ子も置いていくなんて。
娘にもポメ子にもほんとに申し訳なくて。
おじいちゃんなんでこんなときに。
もう少し。あと半月。がんばって娘を帰してからにほしかった。
←このときはこう思ったがそれはのちに間違いと知る。おじいちゃんごめん。
9:00前。実家に到着。
父と対面するもしんみりする時間などなくすぐに葬儀屋さんとの打ち合わせ。
神式なので神主さんとの打ち合わせ。
スケジュールや弔問客の調整。電話。などなど。
怒涛のような4日間が始まった。
こんなご時世だし93歳のじいさんの葬式、こじんまりと身内だけでやればいいと私は思っていた。
父のきょうだいや親戚たちも亡くなったり歩くのもおぼつかない高齢だったり。
私たちの世代ではあまり交流ないし。
施設に入って5年、しかもコロナ禍だったのでご近所さんとの交流もなくなってるし。
連絡されても困るのでは?とも思った。
家にいたとき(5〜6年前?)に父は自分で自分の「葬式の段取り」的な冊子を作っていた。
だれを呼ぶのかも電話番号もきっちり細かい字で書いてある。
それを見つけて妹は「おじいちゃんがこう書いてるんだから」と遠い親戚にまで電話をかけ始める。
ええ?ただでさえ忙しいのに?
人数確認大変になるよ?
これはコロナ前に葬式を盛大にやってたころのだよ?
でも。
ずっと父のそばにいて神社関係・ご近所対応・親戚対応・施設病院関係ぜんぶやっていたのは妹。
父とケンカしたりながらも母が亡くなってからの10年ほんとうによくがんばった。
ときどき行っていただけの私にはわからない泣き笑いや思いがあるはず。
つづきます。

