黒姫駅から列車を乗り継いで20分。
新潟県上越地方の名峰・妙高山の麓、関山駅で下車。
山岳信仰の拠点だった古社へお参りです。
<旅の行程>
1日目:信濃町→関山→上越妙高
2日目:上越妙高→髙田→直江津
3日目:直江津→糸魚川
4日目:糸魚川
関山駅から徒歩20分程、緩やかな坂を上ると社頭です。
◆関山神社◆
どこか彌彦神社を思わせる朱色の両部鳥居。
"関山大神"と刻まれた石造りの社号標。
石垣と石段の参道を進んでいきます。
振り返れば、坂の参道。
新潟らしい、豊かな自然に包まれた参道。
妙高山は標高2,454m、越後富士の異名を持つ名山。
和同元年(708)に開山され、大同5年(810)には空海が登頂して、山岳信仰の霊場となります。
薪の中に木が添えられているのは、例祭の火祭りの準備?
参拝した数日後が火祭りだったようです。
御手洗池に架かる石橋を渡ります。
亀石
(妙高市指定有形文化財)
豊作・吉祥の神様として信仰されてきた霊石です。
苔むしていて雰囲気がありますね。
美しい苔を纏った参道は、山と湧水が豊かな新潟ならではの風景。
手水舎
見事な苔の手水鉢。
最後の石段を上がれば、御神前です。
拝殿
(国登録有形文化財)
<御祭神>
国常立尊
伊弉冉尊
素戔嗚尊
全ての初まりの神、国常立尊と伊奘冉尊と素戔嗚尊の母子神が祀られています。
和同元年(708)、妙高山を御神体とした里宮として創建されました。
神仏習合時代には、関山三社権現として崇敬を集め、別当の宝蔵院と共に修験道の一大拠点として栄えます。
最盛期には70を超える僧坊を擁したそうです。
現在の拝殿は文政元年(1818)の再建。
拝殿・幣殿・本殿が一体化した構造で、本殿奥に寛政2年(1790)建立の宮殿が安置されています。
注連縄姿が凛々しい狛犬。
細部に渡り施された彫刻も見所。
神仏習合時代の本尊仏が収蔵されていて、その写真が掲げられています。
三体とも文化財指定を受けていて、中でも主尊の銅造菩薩立像は国重文。
一体型で奥行きがある社殿。
天正10年(1582)、織田信長の焼き討ちにより衰退しますが、江戸時代に別当・宝蔵院が上野寛永寺の末寺となって再興、明治時代の神仏分離で宝蔵院は廃寺となり、関山神社だけが残り、今に至ります。
神輿殿
7月の大祭・火祭りで担がれる神輿が収蔵されています。
金毘羅堂
文政4年(1821)建立で、妙高山の湧水の神様を祀っているそうです。
妙高堂
妙高山の山頂にあった阿弥陀堂に安置されていた阿弥陀三尊像を、明治時代に遷したものです。
関山石仏群
(新潟県指定有形文化財)
平安時代末期から鎌倉時代に造られたと考えられている石仏群で、かつては、妙高山の参詣道に置かれていたと伝わっています。
続いて、
境内から続く林の中の小径を進んでいきます。
関山宝蔵院墓所
(妙高市指定史跡)
かつての別当、宝蔵院の歴代院主らの墓所です。
旧関山宝蔵院庭園
(国指定史跡)
妙高山を借景とした池泉式庭園で、室町時代後期頃の造園と考えられています。
山を想起させる荒々しい石組みが迫力です。
仏足石
(新潟県指定有形文化財)
高さ2mの石の中央に仏足、その左右に舎利塔と華判(釈迦の実印)が刻まれています。
三尊形式で表現した仏足石は他に例が無いそうです。
御朱印
無人社で、拝殿に書き置きがあります。
霊山の麓で、今も神仏習合時代の風景を残す関山神社…越後の霊峰と人々の信仰の歩みに触れた参拝でした。
ところで、
関山では新潟を代表する味噌ラーメンの名店「食堂ニューミサ」でお昼を食べる予定だったのですが、駅から20分歩いて行ったものの、直前に売切れ早仕舞いでした…無念。
結局、途中のローカルスーパーで惣菜などを買って昼食に。
そんな関山初巡りでした…
初日の漫遊はこれにて終了。
宿に向かいます。























