三重県漫遊最終日。
鳥羽のホテルから伊勢に移動します。
目指すのは山の寺院。
<旅の行程>
1日目:伊勢
2日目:伊勢→二見→鳥羽
3日目:伊勢→度会→志摩→鳥羽
4日目:伊勢→鈴鹿
伊勢市と鳥羽市を跨ぐ霊峰・朝熊山。
*読みは"アサマヤマ"
標高555mの北峰と540mの南峰(経ヶ峰)などから成る志摩半島の最高峰で、古くから山岳信仰の対象となってきました。
南峰の中腹に神宮の鬼門を守る寺院があります。
◆金剛證寺◆
惣門
*読みは"コンゴウショウジ"
友人と内宮にお参りしてから、伊勢志摩スカイラインで山の中腹へ。
緑が萌え輝く皐月の境内。
緑のアーチの先から覗く門。
仁王門
昭和54年(1979)の再建です。
門の先に続く参道。
右手には庭園が広がっています。
鐘楼
仁王門と同時期の築造?
連間の池・連珠橋
空海が掘った池と伝わります。
太鼓橋を境に"迷いの世界"此岸と"悟りの世界"彼岸を表しているそうです。
橋の先に佇む雨宝堂には、天照大神の姿を彫った雨宝童子像(重文)が祀られています。
庭園自体は寛文12年(1672)の造営です。
矢負地蔵堂
(本尊:矢負地蔵尊)
本尊は5代将軍・徳川家綱の母・桂昌院の寄進。
池沿いに建つ三重堂塔と五重石塔。
手水屋
巨木が囲む石段を上がります。
上がって正面に本堂。
本堂(摩尼殿)
(国指定重要文化財)
<由緒>
臨済宗南禅寺派 勝峰山金剛證寺
創建:(伝)6世紀中期
本尊:虚空蔵菩薩
開山:(伝)暁台
6世紀中期、欽明天皇の命により創建されとされる古刹で、天長2年(825)には、空海が中興して真言密教の道場となります。
衰退期を経て、明徳3年(1392)に鎌倉建長寺の東岳文昱が再興、臨済宗に改宗されます。
その後、神宮の丑寅(北東)に位置する事から、"鬼門を守る寺"として伊勢地方最大の寺院となります。
これが今も"伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り"と言われる所以です。
現在の本堂は慶長14年(1609)、徳川家康の命により、姫路城城主で家康の娘婿でもある池田輝政による再建。
元禄14年(1701)には、徳川家綱の母・桂昌院による修繕も行われました。
本尊は日本三大虚空蔵菩薩の第一とされ、式年遷宮の翌年に御開帳されるそうです。
福丑
頭上に大黒天を乗せた丑の像。
身体健康のご利益があるとされます。
智慧寅
本尊の知恵を授かったという寅の像。
参道を振り返る。
求聞持堂
本堂左に佇むのは、虚空蔵菩薩の秘法、虚空蔵求聞持法に因んだ堂宇。
奥之院に続く参道。
奥之院まで徒歩10分も掛からないようですが、また次回に。
美しい石畳の参道とそれを囲む苔と緑。
晩秋もさぞや美しいのでしょうね。
開山堂・書院
神仏習合時代、伊勢信仰と結びつき、巨刹として栄華を誇った金剛證寺。
今では参拝者もまばらで、清々しい境内の雰囲気をゆっくりと楽しめました。
内宮・外宮、別宮、伊勢志摩の一の宮、そして、神宮の守護と、素晴らしい伊勢巡りでした。
エスコートしてくれた友人に心より感謝…
ついでに展望台にも寄ります。
朝熊山展望台
南峰の標高506mに設けられた展望台。
伊勢湾を望む。
条件が良ければ、右手に富士山を拝めるようです。
真夏の陽気だった5月中旬。
ソフトクリームでひと休み。
伊勢を去り、鈴鹿へ向かいます。
三重県漫遊記事も残り3話。























