三重県漫遊の4日目。

 

別宮と一の宮を巡って鳥羽に戻ります。

 

ホテルに帰る前に鳥羽の名所に寄りました。

 

<旅の行程>

1日目:伊勢

2日目:伊勢→二見→鳥羽

3日目:伊勢→度会→志摩→鳥羽

4日目:伊勢→鈴鹿

 

湾に浮かぶ島に渡ります。

 

◆ミキモト真珠島◆

御木本幸吉銅像

*入場料金¥1,650

 

真珠と言えばのミキモト。

 

ここが養殖真珠発祥の地で、島全体がミキモトが運営する観光施設になっています。

 

真珠島の歴史は明治26年(1893)、御木幸幸吉が相島と呼ばれていたこの島で、真珠の養殖に成功した事に始まります。

 

その後、鳥羽町が御木本幸吉に相島を売却、昭和26年(1951)にレジャー施設として開業しました。

 

真珠博物館

 

博物館は昭和60年(1985)の開館。

 

島内には他に御木本幸吉記念館や真珠販売店、レストランが設けられていて、海では海女の実演も行われます。

 

 

御木本幸吉は安政5年(1858)、鳥羽で代々、うどん店を営む家の長男として生まれました。

 

祖父は石材や炭の運送や販売でも財を成し、父も粉挽臼の改良で県から表彰されるなど、実業家一家の環境で育ち、14歳の頃に行商を始め、20歳で家督を相続すると、米穀や天然真珠や鮑などの海産物を取り扱い、地元の名士となっていきます。

 

 

そして、明治23年(1890)にアコヤ貝の養殖実験を始め、その3年後に養殖真珠に成功、明治32年(1899)に東京京橋に御木本真珠店を開業、真珠王の名を欲しいままにします。

 

博物館1Fは養殖真珠の生産から流通までを学べる展示がされています。

 

 

真珠は真珠貝の体内で形成される球形の貝殻。

 

貝の殻の内側は貝殻・真珠層・外套膜(所謂、ヒモ)から成っていて、外套膜の上皮部分が真珠層を分泌しています。

 

それが何かのきっかけで、外套膜の軟体部組織内に入り込むと真珠袋が形成され、それが真珠になっていきます。

 

これが天然真珠のできる工程です。

 

 

これに対して、養殖真珠は外套膜片(ピース)を球体にして軟体組織中に移植します。

 

すると、数週間で真珠袋ができて真珠が形成されます。

 

クロチョウガイ

 

黒真珠を生み出すクロチョウガイ。

 

 

養殖場から引き揚げられたアコヤ貝は、真珠の入っている身と食用の貝柱に分けられます。

 

 

ところで、真珠貝などに見られる虹色の虹彩は光の反射・屈折・散乱・干渉により生じる構造色と呼ばれるもので、これはCDやシャボン玉も同じ仕組みだそうです。

 

 

様々な貝から生まれた真珠たち。


海女の実演時間になったので、一旦、表に出ます。

 

 

実演は1日6〜7回行われます。

 

 

桶を持って素潜りでアコヤ貝を獲ります。

 

志摩半島の海女は「万葉集」にも詠まれるほどの歴史があり、現在も500名程が現役で活躍しているそうです。

 

神宮に献上されるノシアワビは鳥羽の海女が獲ったものとのこと。

 

 

実演ショーを観て、博物館2Fへ。

 

真珠を使ったお宝を鑑賞します。

 

夢殿

 

(株)ミキモト新装具が平成5年(1993)に作った作品で、真珠の他、ダイヤモンドやサファイア、ルビーなどが使われています。

 

淀川三十石船

 

貝工芸家・水田晃玄による作品。

 

シロチョウガイにクロチョウガイ、アワビの貝殻で作られています。

 

ペンダント

 

月桂樹と鳩のデザインのペンダント。

 

大正12年(1917)、宝石商・ジュリアーノ家が顧客からの特注で製したものだそうです。

 

シードバール・パリュール

 

19世紀中期にフランス(またはアメリカ)で製作されたセットジュエリー。

 

祈祷書「政務日記」

 

明治12年(1879)にパリで製作されたもので、シロチョウガイの貝殻が使われています。

 

御木本五重塔

 

大正15年(1916)、米国独立150周年記念万国博覧会に出品されたものです。

 

使われている真珠総数は12,760個。

 

今でこそ世界に流通している日本の養殖真珠ですが、海外進出時には、ヨーロッパの宝石商が養殖真珠を偽物と主張し、排斥運動が起こったりもしました。

 

これに対して、御木本側は訴訟を起こして全面勝訴しています。

 

自由の鐘

 

昭和14年(1939)、ニューヨーク万国博覧会に出品されたもので、真珠12,250個、ダイアモンド366個が使われています。

 

ミキモト パールクラウン

 

養殖真珠誕生85年を記念して昭和53年(1978)に製作されました。

 

帯留「花車」

 

帯留「桜流水」

 

いずれも昭和期の御木本真珠店の製作品。

 

大将連

 

創業者・御木本幸吉が10年以上の歳月を費やして選んだという、至高の真珠のネックレス。

 

貝が体内の異物を包み込む事で生まれる真珠。

 

生命の不思議とも言える副産物ですね。

 

また、古来、装飾品としてだけでなく、呪術的な意味も持ち、神宝や七宝にもされた真珠。

 

そんな希少な宝石を養殖するという技術を生み出した偉人、御木本幸吉。

 

真珠の美しさだけでなく、日本人の技術の素晴らしさとその歴史を学んだひと時でした。

 

連泊のホテルに戻り、いよいよ最終日。