GW日帰り漫遊記第3弾、最終編。
行き先は横浜から35分、小田原から20分の地にある大磯。
江戸時代には東海道の宿場町として栄え、明治時代には"政界の奥座敷"とも呼ばれた別荘地、海水浴場として賑わいました。
また、江戸時代に中国湖南省の湘南の風景に似ていることから"湘南"と呼ばれるようになり、湘南発祥の地としても知られます。
私にとっては、大磯ロングビーチ(のキャンギャルw)のイメージです。
大磯駅から徒歩20分程、東海道と海に挟まれた地に広がる歴史公園へ。
◆旧大隈重信別邸・旧古河別邸(明治記念大磯邸園)◆
(大磯町指定有形文化財)
*入園料無料
明治18年(1885)、政治家でもあった医師、松本順が海水浴の効能を広め、日本初の療養を目的とした海水浴場を開設したのを機に、別荘地として急速に発展しました。
そして、伊藤博文を始めとした政界人が別荘を構え、"政界の奥座敷"と呼ばれる様になります。
明治記念大磯邸園には4軒の旧別邸が残され、内2軒が一昨年から公開されています。
名称が庭園ではなく、"邸"園なのはその為。
その1軒、旧大隈重信別邸・旧古河別邸へ。
玄関
明治30年(1897)、大隈重信が別荘として購入、明治34年(1901)に古河財閥創業者・古河市兵衛に売却され、別荘や古河グループの迎賓館として利用されました。
応接間
玄関脇の応接間。
邸宅の模型が展示されています。
元は茅葺屋根だったようですね。
大広間(富士の間)
16畳と10畳の二間続きの広間。
品格を感じる書院造。
ここで度々、宴会が催されたそうです。
欄間は菊水紋の透かし彫り。
釘隠しは雁です。
端午の節句飾りがされていました。
(今は七夕装飾だそうです)
広縁
板敷きと畳敷きの広々とした広縁。
往時、ここから優雅に庭園とその先の海を眺めていたのでしょうね。
開放的な眺望が素晴らしい。
大広間を振り返る。
板敷きの廊下を奥に進みます。
神代の間
大隈重信が書斎として使った部屋です。
数寄屋造風の造りが粋ですね。
板戸は半分化石化した神代杉。
床柱の竹も見事な存在感。
手吹円筒法で作られたガラス戸。
格子が織り成す模様がとても風流ですね。
男子浴室
古河別邸時代に改修された浴室。
腰壁は大理石、円形の浴槽と床には十和田石が使われています。
溜め息が出るゴージャスさ…
庭園から見た大広間がある棟。
海に面した庭園も見所です。
前回訪れた6年前は建物内部は非公開でしたが、今回はしっかり内観も出来て感動でした。
邸園の半分は今も整備工事中ですが、公開が待たれます。
次回、もう1軒の公開建築の風景を送ります。
明治記念大磯邸園 2020.11
大隈重信旧宅・大隈重信記念館 2024.1





















