漫遊最終日。

 

舞台は高千穂町から延岡へ。

 

延岡市は宮崎県北部、大分県との県境に位置する宮崎県北部の中心都市。

 

江戸時代は延岡藩の城下町として栄え、近代においては県屈指の工業地帯でもある延岡。

 

また、高千穂の観光拠点でもあります。

 

<旅の行程>

1日目:青島→日南→宮崎

2日目:宮崎→都農→美々津→延岡

3日目:高千穂

4日目:延岡

 

そんな城下町の名残を求めて城址へ。

 

駅から徒歩15分程度で城門に着きます。

 

◆延岡城◆

(延岡市指定史跡・続日本100名城)

 

豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた天正18年(1590)、高橋氏が入封して延岡藩が誕生します。

 

延岡城が築城されたのも高橋氏の時代、慶長8年(1603)のことです。

 

その後、藩主家が幾度か変わり、延享4年(1747)に内藤氏が入封、8代に渡って延岡を治めました。

 

北大手門

 

平成5年(1993)に木造復元されたものです。

 

 

城址は城山公園として整備され、桜の名所としても知られます。

 

 

門を抜けると、正面に巨大な石垣。

 

内藤家墓碑及び供養塔

(延岡市指定有形文化財)

 

右手には藩主・内藤家の墓所があります。

 

内藤氏は三河国出身の大名で、代々徳川家に仕え、明治時代には子爵となりました。

 

千人殺しの石垣

 

延岡城最大の見所がここ。

 

高さ17mの巨大な石垣で、礎石を外すと石垣が総崩れして、千人の敵を倒せると言われています。

 

 

圧倒的な迫力。

 

そして、美しい。

 

 

上から見下ろす。

 

 

野面積みが生み出す荒々しい美しさ。

 

二階門(櫓門)跡

 

石段の先には本丸に続く門跡。

 

 

本丸に到着。

 

本丸跡

 

広々とした高台の本丸。

 

桜の季節はさぞ華やぐのでしょうね。

 

 

延岡市街を一望出来ます。

 

殉國慰霊塔

 

昭和33年(1958)建立。

 

延岡市の戦没者3,871柱が祀られています。

 

内藤政挙公像

*読みは"ナイトウマサタカ"

 

延岡藩8代藩主・内藤政挙。

 

明治時代に入っても、銅山経営で財を成し、以降も延岡の経済と教育の発展に尽力をしました。

 

旭化成発祥の地としても知られる延岡の工業都市の基盤を築いた偉人でもあります。

 

天守台跡

 

本丸跡から更に坂を上がると、天守台。

 

石垣が崩れて通れなくなっていますが、門跡?

 

天守が存在した記録などはまだ見つかっていないそうです。

 

鐘撞堂

 

明治11年(1877)、西南戦争で焼失した太鼓櫓の代わりに建てられました。

 

今も朝〜夕に6回、鐘が鳴らされ刻を告げています。

 

 

工場地帯越しに海も望めます。

 

三ノ丸跡

 

天守台から行きとは逆周りで下ります。

 

 

そして、最初の北大手門に帰着。

 

観光地としてだけでなく、市民の憩いの場でもある延岡城址、城山公園。

 

城下町から工業都市への変遷の歴史も窺えた城巡りでした。

 

次回、延岡の八幡様の記事です。

 

 

***城まとめ***

①北海道・東北編→Click

②関東・甲信越編→Click

③東海・北陸編→Click

④近畿編→Click

⑤中国・四国編→Click

⑥九州・沖縄編→Click