宮崎県漫遊2日目。
宮崎神宮から北上していきます。
かつて、日向国だった宮崎。
その一の宮にお参りです。
(8年振り3回目)
向かったのは日豊本線で30分程の都農。
*読みは"ツノ"
<旅の行程>
1日目:青島→日南→宮崎
2日目:宮崎→都農→美々津→延岡
3日目:高千穂
4日目:延岡
バスは本数が極めて少なく、その運行も曜日限定の為、タクシーで向かいます。
晴天の下、眩い鳥居と社叢。
◆日向国一の宮 都農神社◆
東鳥居
杉の巨木が訪れる者を迎え入れます。
杉並木と幟の参道。
その静謐な空間に響く、砂利の音。
一の宮公園
境内の東側は憩いの公園として整備されています。
東参道から右に折れて神門へ。
あぶら石
昔、境内の南を流れる都農川が氾濫して参拝が出来なくなった時、対岸の石に油を注いで火を灯し、遥拝所としたそうです。
その後、橋が架けられると石は境内に奉納され、今では願掛けの霊石として崇められています。
神橋
橋を渡り、神域の中心へ。
開運絵馬
巨大な大国様の絵馬がお出迎え。
手水舎
手水舎の向かいに祓所があります。
その脇にしびえる御神木。
天を覆うかの様な楠の巨木が陽射しを浴びて神々しく輝いています。
神門(南大門)
初参拝から13年半、2回目の参拝から7年半…
そして、3度目の参拝に導きと縁を感じて、神門をくぐります。
神門の先の開けた空間。
拝殿
<御祭神>
大己貴命
御祭神は大国主命の別称です。
神武天皇即位の6年前(BC666)、神日本磐余彦天皇(後の神武天皇)が東征に向かう際に御祭神を祀ったのが創始と伝わり、平安時代には広大な境内を持った一の宮として崇敬を受けました。
現在の社殿は平成19年(2007)の築造。
今でこそ人口9,000人程度の小さな都農町ですが、縄文時代の遺跡や都農古墳群が残っていて、古代から人類が居住をしていたようです。
当地は古代からの聖域だったのでしょう。
素戔嗚神社
(御祭神:素戔嗚命)
社殿左、素戔嗚尊を祀る摂社。
御祭神は素戔嗚尊から6代下った末裔です。
本殿
拝殿と同年の築造です。
戦国時代、戦火により社殿が焼失して衰退をしますが、江戸時代に藩主によって再興され、昭和9年(1934)には、神武天皇東還記念事業として、社域が整備されました。
本殿後背に"神の石"を奉納する納所があります。
神橋の手前に置かれている石をひとつ選び、願いを込めて納める石持ち神事です。
私もひとつ納めました。
足摩乳神社・手摩乳神社
(御祭神:足摩乳命・手摩乳命)
*読みは"アシナヅチ"・"テナヅチ"
素戔嗚尊の八岐大蛇伝説に登場する夫婦神。
その娘神が素戔嗚尊の妃となる寄稲田姫命。
*読みは"クシナダヒメ"
御祭神の左右をその祖神で護る図式ですね。
熊野神社
(御祭神:速玉男命・事解男命・菊理比売命)
社殿は安政6年(1859)築造の旧本殿。
神楽殿・神輿庫
こちらは旧拝殿を流用した神楽殿・神輿庫。
中には金の神輿が安置されています。
御神象
御神木の一部だった象の形をした御神"象"です。
境内を振り返る。
社務所前に広がる苔の海。
水と風土、気候が良いからこその美しさ。
御朱印
縄文時代からの歴史を持つ聖域。
そこに鎮座する、建国に深い繋がりを持つ一の宮。
日向国に降臨した天孫とその末裔の神武天皇と、神武東征の手助けをしたと思われる都農の古代豪族。
その果てしなき歴史を今に受け継ぐ都農神社。
日本創世の一端を垣間見たお参りでした。
都農の地を後にして更に北上、神武東征旅立ちの地へ向かいます。
***一の宮まとめ***
①北海道・東北編→Click
②関東編→Click
③北陸道編→Click
④東海道編→Click
⑤近畿編(1)→Click
⑥近畿編(2)→Click
⑦中国・四国編→Click
⑧九州・沖縄編→Click























