本日2月23日は天皇誕生日。

 

そんな日に送る皇統の創始の記事です。

 

皇紀2686年2月11日、建国記念の日。

 

初代天皇である神武天皇が日向から苦難の末に奈良に渡り、橿原宮で即位をした日です。

 

戦前までは紀元節として、1年で最大最重要な日として祝されましたが、戦後、GHQにより廃止されてしまい、それが建国記念の日として復興したのが昭和41年(1966)のこと。

 

戦後レジームや左翼により穢された、建国の歴史と日本人の想い。

 

日本人が日本人として、日本の建国と歴史を誇れる日々が戻る事を願い、この記事を送ります。

 

<旅の行程>

1日目:青島→日南→宮崎

2日目:宮崎→都農→美々津→延岡

3日目:高千穂

4日目:延岡

 

朝9時前、宿泊したスーパーホテル最寄りのバス停からバスで10分程、"神武さま"と呼ばれて親しまれている宮崎神宮に向かいます。

(8年振り3度目)

 

初日の神武天皇の祖父神(青島神社)・父神(鵜戸神宮)に続き、2日目はその神武天皇から。

 

◆宮崎神宮◆

二之鳥居

 

銅製神明鳥居の先に続く参道。

 

 

明治神宮にも似た雰囲気の清らかな参道。

 

古代船おきよ丸

 

神日本磐余彦天皇(後の神武天皇)が日向市美々津から船出した際(神武東征)に使われた古代船の復元で、西都原古墳から出土した埴輪を原型としています。

 

三之鳥居

 

静かな時間が流れる、静寂な境内。

 

歩みが生む砂利の音に耳を澄ませます。

 

手水舎

 

向かい合って建つ手水舎と祓所。

 

この形式は宮崎の神社の特徴のようです。

 

祓所

 

祓所は神事の前に神職らが身を清める場所。

 

 

参道を振り返れば、木漏れる朝陽。

 

 

参道の先の神門。

 

 

雄大に枝葉を広げる松は、明治32年(1889)の東伏見宮依仁親王御手植えです。

 

正門

(国登録有形文化財)

 

神門は明治9年(1676)の建立。

 

 

深呼吸をして門をくぐります。

 

 

その先に並ぶ拝所、その後方の社殿。

 

拝所

(国登録有形文化財)

<主祭神>

神日本磐余彦尊 (神武天皇)

*読みは"カンヤマトイワレビコノスメラミコト"

 

創建年代は不詳で、磐余彦尊が東征以前にお宮を設けていた地に、崇神天皇の御代(BC30〜BC97)に社殿が建てられたと伝わっています。

 

まさに日本の歴史の始まりの神社。

 

 

相殿には父神・鸕鷀草葺不合尊と母神・玉依姫命が配祀されています。

 

幣殿

(国登録有形文化財)

 

明治40年(1907)建立の幣殿。

 

左右に渡殿を設け、御料屋と神饌所に接続していて、幣殿の後方に神殿が鎮座しています。

(いずれも国登録有形文化財)

 

設計を手掛けたのは、築地本願寺や橿原神宮、明治神宮、平安神宮でも知られる伊東忠太。

 

 

お参りを済ませて、神宮の森を抜けて北西方面へ向かいます。

 

皇宮神社

 

丘へと続く趣ある石段。

 

ここは鎌倉時代までの宮崎神宮の鎮座地で、神武天皇のお宮があった地と伝わり、"皇宮屋"とも呼ばれています。

*読みは"コグヤ"

 

 

咲き誇るサザンカ。

 

皇軍発祥之地の碑

 

神武東征で神武天皇が率いた軍が皇軍の発祥とされ、皇紀2600年記念事業の一環として昭和17年(1942)に建てられたものです。

 

 

木々に囲まれた木漏れ日の空間へ。

 

拝殿

<主祭神>

神日本磐余彦天皇

吾平津姫命

*読みは"アヒラツヒメノミコト"

 

神武天皇とその妃神が祀られています。

 

本殿

 

小規模ながらも重厚感溢れる神明造の社殿。

 

現在の社殿は昭和51年(1976)、伊勢の神宮の古材により改築されたもの。

 

御朱印

 

日向で産まれ育ち、後に海と山を越えて大和に入り、日本を建国した神武天皇。

 

「記紀」に描かれている神武東征は伝承の域を出ないかもしれませんが、神武天皇の陵墓もある奈良の橿原からは縄文時代の巨大集落と巨木が出土していて、年代測定では2700年近く前のものだそうです。

 

御朱印(皇宮神社)

 

縄文時代、日向の王が遠く大和まで侵攻して、制圧をした史実が実際にあったのでしょう。

 

伊勢・出雲・宮崎・奈良が紡ぐ神話と歴史。

 

古代浪漫に思いを馳せて…

 

神武天皇の軌跡を辿って北上してきます。

 

 

橿原神宮 2024.5

皇宮神社 2018.8