漫遊の舞台は島前の中ノ島から西ノ島へ。
中ノ島の菱浦港からフェリーで15分、西ノ島の別府港に着きます。
<旅の行程>
1日目:島後(隠岐の島町)
2日目:島後(隠岐の島町)
3日目:島前(中ノ島・海士町)→島前(西ノ島町)
4日目:島前(西ノ島町)
港から町営バスで25分程走り、島の西側へ。
宿に向かう前に一の宮にお参りです。
◆隠岐国一の宮 由良比女神社◆
*読みは"ユラヒメジンジャ"
港に面して建てられた石鳥居。
イカ漁が盛んな島前。
イカ釣り漁船が停泊していました。
入江に前後を挟まれたロケーションで、ここは裏参道的な感じになります。
港から丘を越えると、社頭に着きます。
一の鳥居
真新しい狛犬に挨拶をして、桜の参道へ。
随神門
神門と割拝殿が融合したような造り?
二の鳥居
木々に包まれた参道。
目の前が海とは思えない雰囲気です。
石灯籠の基礎部分に描かれた、注連縄が架かった夫婦岩と鯉。
鳥居から社殿を望む。
イカ漁が盛んなだけでなく、この地にはイカの伝説もあり、石灯籠にイカが刻まれています。
いわば、イカ神社?
拝殿
<御祭神>
由良比女大神
御祭神は「記紀」に登場しない、この地の神。
近世、素盞嗚尊の娘で、大国主命の妻でもある須勢理姫命と同一視されたようです。
*読みは"スセリヒメノミコト"
出雲のある島根らしい解釈かも?
創建不詳ですが、「延喜式」には名神大社に定められた格式高き古社です。
島後の水若酢神社に対して、島前の一の宮として置かれた事からも、日本海に浮かぶ隠岐諸島がいかに重要視されていたかが窺えます。
拝殿にもイカの装飾が施されています。
神無月に御祭神が出雲へ渡る時、海に手を浸していると、イカが手を噛んでしまい、そのお詫びとして毎年、浜にイカの大群が押し寄せるようになったという伝承が由良姫比売神社に残っています。
実際、昭和初期まではイカの大群が毎年、浜に押し寄せていたそうで、今も数年に一度、この"イカ寄せ"の現象が見られるのだとか。
その為、スルメ大明神とも呼ばれます。
イカの女神、イカが眷属ですね。
春は拝殿を覆う桜が見事なのでしょうね。
御本殿
(西ノ島町指定有形文化財)
明治22年(1889)の造営。
隠岐造とはまた少し違う、春日造の向拝が唐破風になった造りで、春日造変態と呼ばれるそうです。
お参りを済ませて、社前の浜へ。
イカ寄せの浜(由良の浜)
10/29の夜には御祭神が出雲から戻る為、神帰祭が行われ、イカも浜に寄るのだとか。
昭和3年(1928)には数万匹が浜に寄り、足の踏み場も無かったという記録が残っていて、浜にはイカ拾い小屋が連なっていたそうです。
イカと共にある島ならではの一の宮。
人々の生活と信仰がイカを通じて結び付き、時代を超えて連綿と続くその美しい関係。
歴史と文化の深さに触れたお参りでした。
御朱印
時刻は16時半。
港を抜けて、宿へ向かいます。
ご当地マンホール
当然ながらイカ。
次回、隠岐漫遊最後の宿泊記です。
(残すところあと3話)
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