藩校。

 

その名の通り、藩士の子弟を教育する為に設立された、藩が運営する学校。

 

言わば、士官学校といった感じ?

 

江戸時代前期に政治が"武"から"文"へと変遷していく過程で、藩校が各地に設立されていきました。

 

最盛期にはその数も255校に及びます。

 

因みに、日本三大藩校とされるのは、水戸弘道館・萩明倫館・会津日新館。

 

そんな英才教育機関だった藩校も、明治4年(1871)の廃藩置県で廃止され、以降は中高等学校の前身となり、その建造物の殆どが時代の流れの中で失われていみました。

 

現存する藩校の建造物は全国に僅か数軒。

 

鶴岡には東北唯一の現存藩校建築があります。

 

◆旧致道館◆

(国指定史跡)

表御門

*入館無料

 

文化2年(1805)、庄内藩7代藩主・酒井忠徳の時に創設されました。

 

現鶴岡駅の近くに創建され、文化13年(1816)に現在の三の丸に移設されました。

 

 

門の先には中庭風の空間。

 

廃校となった後は、役所や警察署、学校として使用され、昭和47年(1972)に一般公開となります。

 

 

正面に講堂、右に御入間が建っています。

 

 

見頃を迎えていた鉢植えの花。

 

左手の門をくぐるります。

 

廟門

 

孔子を祀る御廟の門です。

 

聖廟

 

誰もがその名を知る孔子。

 

紀元前550年頃の中国の思想家で、儒教の祖。

 

その教えは、"仁(人間愛)"と"礼(規規範)"で、古代日本に伝来して、日本の教育に大きな影響を与え、江戸時代の寺小屋や藩校においては特に重視をされました。

 

儒教や経典「論語」が、日本人の価値観や行動規範の基盤になっている部分も多い事でしょう。

 

 

孔子の聖画が祀られています。

 

昨今、孔子や儒教と聞くと、政治的背景から悪いイメージが湧きますが、古代の偉人が唱えた教えを学問として純粋に触れてみるのも有益ではなかろうかと、個人的には思います。

(勿論、媚中プロパガンダは排除一択)

 

 

西側に広がる跡地。

 

講堂

*2010年訪問時の写真

 

講義が行われた建物で、現在で言う校舎。

 

涼んでいる観光客が居たので、後で撮ろうと思っていたら、撮り忘れ…なので、以前の写真です。

 

 

"致道館"の名称は「論語」の一節、"君子学ンデ以テソノ道ヲ致ス"に因みます。

 

"立派な人は学ぶ事で己の道を極めていく"といった感じでしょうか。

 

 

ここで国の将来に貢献する人材の教育が成されたのかと思うと、背筋が伸びます。

 

 

庄内藩では儒学者・荻生徂徠が確立した徂徠学が普及し、藩校での教育の基礎になったそうでうす。

*読みは"ハギュウソライ"

 

御入りの間

 

藩主が来館した際、居間として使われました。

 

 

藩政についての会議も行われたそうです。

 

 

塀越しに見る聖廟。

 

西御門

 

職員や役人が利用した門です。

 

 

垣根越しに見る講堂。

 

萩や水戸や会津等、藩校の遺構や後継施設が今も残る地域は教育熱心な印象が私の中にあります。

 

鶴岡を巡り、郷土愛を強く感じたのですが、それは彼らが辿ってきた教育の歴史にも関係しているのかも?などと思いつつ、藩校を後にしました。

 

致道館から少し北上します。

 

鶴岡カトリック教会天主堂

(国指定重要文化財)

 

明治36年(1903)に建てられた教会です。

 

中世ヨーロッパのロマネスク様式の教会で、同様式の教会としては東北最古。

 

日本で唯一の黒い聖母像がある事で知られます。

 

由緒ある教会建築がある辺りも港町らしい。

 

次回、豪商の館の風景を送ります。