和歌山県漫遊4日目。
今回の旅のクライマックスです。
初めての高野山。
どんな世界が広がっているのか期待に胸を膨らませて、高野下駅を経ちます。
高野下駅から南海鉄道で30分程の極楽橋駅からケーブルカーで10分、高野山駅に到着です。
標高867mに置する高野山駅ですが、バスの本数も多く、不便さはありません。
<旅の行程>
1日目:和歌山
2日目:紀三井寺→湯浅→黒江→和歌山
3日目:かつらぎ町→粉河→高野山
4日目:高野山
バスで10分、門前で下車。
いよいよ高野山巡りの始まり。
4編構成でこの漫遊記事を締めくくります。
◆壇上伽藍◆
(世界遺産・国指定史跡)
大門
高野山全体の総門で、宝永2年(1705)の再建。
標高800mの山地だけあって、気温は10℃程度と、ほぼ冬でした。
高野山は弘法大師空海が開いた真言宗の聖地。
山全体が金剛峯寺の境内、"一山境内地"で、壇上伽藍(根本道場)・金剛峯寺(本坊)・奥之院(墓域)を中心とした宗教都市が形成され、100ヶ寺を超える子院があります。
寺院や町屋が連なる街道。
標高800mの山上盆地とは思えない規模。
街道を5分程進むと、木々に囲まれた中に朱の山門が見えてきます。
中門
平成27年(2015)再建です。
手前にあるのは元の中門の礎石。
蓮池
小島の祠は明和8年(1771)に建立されたもので、竜王が祀られています。
静謐な空間へ歩みを進めます。
金堂
(国指定重要文化財)
<由緒>
高野山真言宗 高野山総本山金剛峯寺
創建:弘仁7年(816)
御本尊:薬師如来
開山:空海
寺格:総本山
札所等:西国三十三箇所特別札所
高野山の中心で、金堂はその総本堂。
弘仁7年(816)、空海が嵯峨天皇より高野山を賜り、真言密教の道場を開いたとされます。
寺の縁起においては、空海が道場を開く場所を探していたところ、黒白2匹の犬により丹生都比売大神の元に導かれ、高野山を譲り受けたと記されています。
大和朝廷の後ろ盾でこの地に入り、山の豪族と話をつけて高野山を賜った…という事?
現在の金堂は7代目で、昭和7年(1932)建立。
六角経蔵
(国登録有形文化財)
鳥羽法皇の菩提を弔う為に皇后・美福門院が保元4年(1159)に一切経を納めた経蔵。
昭和9年(1934)の再建です。
根本大塔
(保本尊:胎蔵大日如来)
(国指定重要文化財)
平安時代初期に建立された日本初の多宝塔で、真言密教の根本道場におけるシンボル。
堂内は仏像や装飾により立体の曼荼羅となっているそうです。
現在の多宝塔は昭和12年(1937)の再建。
御社(山王院本殿)
(御祭神:丹生明神・高野明神・十二王子・百二十伴神)
(国指定重要文化財)
*読みは"ミヤシロ"
空海が弘仁10年(819)に丹生都比売神社(天野社)からの勧請で創建した高野山の鎮守社。
丹生都比売大神から高野山を譲り受けた縁起の通り、創建時から聖域を護る地主神。
深い繋がりと歴史浪漫を感じますね。
春日造の社殿は文禄3年(1584)の再建。
山王院
(国指定重要文化財)
御社の旧拝殿です。
文禄3年(1584)の再建。
西塔
(御本尊:金剛界大日如来)
(国指定重要文化財)
大塔と二基一対として、仁和2年(886)に建立されたもので、現在の塔は天保5年(1834)の再建。
孔雀堂
(御本尊:孔雀明王)
正治元年(1199)、後鳥羽法皇の御願による請雨祈願が成就した功績により建立されました。
御本尊の孔雀明王像は快慶作で重文。
准胝堂
(御本尊:准胝観音)
*読みは"ジュンテイドウ"
平安時代中期創建で、明治16年(1883)再建。
御影堂
(御本尊:弘法大師御影)
(国指定重要文化財)
空海の持仏堂として建立された堂宇で、後に弘法大師の御影像が奉安されました。
弘化4年(1847)の再建です。
愛染堂
(御本尊:愛染明王)
(国指定重要文化財)
後醍醐天皇の綸言により建武元年(1334)に建立されました
嘉永元年(1646)に再建。
不動堂
(御本尊:不動明王)
(国宝)
建久8年(1197)、鳥羽上皇の皇女・八条女院の発願による建立。
御本尊の不動明王像は重文で、奉安されている運慶作の八大童子像は国宝です。
大会堂
(御本尊:阿弥陀如来)
(国指定重要文化財)
安元元年(1175)、鳥羽上皇の皇女・頌子内親王が父帝の冥福を祈念して建立しました。
三昧堂
(御本尊:金剛界大日如来)
(国指定重要文化財)
延長7年(929)建立で、文化13年(1816)再建。
"理趣三昧"という儀式を執り行っていたのが名の由来です。
東塔
(御本尊:尊勝仏頂尊・不動明王・降三世明王)
大治2年(1127)の創建です。
現在の塔は昭和59年(1984)の再建。
国宝や重文のオンパレードで、皇族発願の堂宇が多いことからも、高野山がどれだけ崇敬を受けた聖域だったかが窺えるお参りとなりました。
そして、今もこうして巨大宗教都市が存続し、多くの崇敬者や参拝者が訪れ、1200年を超えて弘法大師空海の存在を感じる…
蛇腹路
高野山を"東西に龍が伏せるが如く"と形容した空海。
壇上伽藍が龍の頭で、この参道が丁度お腹に位置する事がその名の由来です。
上を見上げれば美しい青紅葉。
視線を落とせば、苔むす石垣。
晩秋の美しさを想像して…
蛇腹路を抜け、金剛峯寺に向かいます。























