醤油。

 

それは日本の食文化の基礎となる必要不可欠な調味料。

 

そんな醤油の日本における発祥の地へ。

 

醤油好きの私にとって、特別な地。

 

長年の夢が叶いました。

 

<旅の行程>

1日目:和歌山

2日目:紀三井寺→湯浅→黒江→和歌山

3日目:かつらぎ町→粉河→高野山

4日目:高野山

 

紀三井寺駅からJRきのくに線で30分の湯浅駅で下車して、徒歩10分程。

 

町並みの雰囲気が変わってきます。

 

◆湯浅町湯浅◆

(国選定重要伝統的建造物群保存地区)

 

古民家の傍に建つ熊野古道の道標。

 

湯浅は熊野参詣道が横断する町でもあり、その伝馬所として賑わい、醤油や味噌といった醸造業と漁業で栄えました。

 

立石茶屋(旧堀田茶舗)

(国登録有形文化財)

 

江戸時代後期築造の建築。

 

現在、無料休憩所になっています。

 

 

訪れたのは5/下旬、五月人形展状態でした。

 

 

程なくして、美しい町並みに出会います。

 

湯浅には昔ながらの手造りの醤油味噌蔵が残っていて、日本遺産「最初の一滴〜醤油醸造発祥の地 紀州湯浅」として認定されています。

 

旧栖原家住宅

(和歌山県指定有形文化財)

*見学無料

 

醸造家・山形屋久保瀬七が明治7年(1873)の創業時に建てたものです。

 

明治39年(1906)に初代栖原家が事業と建物を譲り受け、昭和57年(1983)迄、"フジイチ"の屋号で醤油造りが行われていました。

 

ミセ

 

レトロ醤油瓶が醸すアートな雰囲気。

 

ダイドコロ

 

吹抜け状の空間を飾る五月人形。

 

 

一枚板に掘られた竹と虎。

 

足場にするのが忍びない位。

 

 

蔵に展示されていたフジイチ醤油のラベル。

 

レトロなラベル、素敵ですね。

 

再び街道をゆきます。

 

 

鎌倉時代に紀伊国の僧侶が宗で学んだ味噌(金山寺味噌)の造り方を湯浅の村民に伝えます。

 

その際、仕込みを間違って出来上がった"たまり醤油"が現在の醤油の原型と言われています。

 

津浦家住宅

 

文化8年(1811)に麹製造業を始めた津浦家。

 

主屋は明治11年(1688)の築造。

 

 

壁の"麹屋"が歴史を物語ります。

 

 

そのお隣は魚の看板に魚(鮪?)の暖簾。

 

 

板塀や格子を飾る小物が目を惹きます。

 

 

町の人々が受け継いできた物なのかな?

 

 

江戸時代、紀州藩の庇護化で90軒を超えた醤油屋も戦後には20軒程に減り、今残るのは5軒のみ。

 

それでも、昔ながらの製法を守り続け、湯浅ブランドを今に伝えています。

 

 

古い町並みに溶け込むレトロバイク。

 

 

赤ポストも溶け込んでいます。

 

角の石は昔からのもの?

 

北町ふれあいギャラリー(旧太田家住宅)

*見学無料

 

江戸末期から金山寺味噌の製造販売を行なっていた太田家の旧宅で、平成14年(2002)からギャラリーとして一般公開されています。

 

 

五月人形に鯉のぼり、そして天神様。

 

湯浅は天神信仰が根強い地域のようです。

 

太田久助吟製

 

江戸末期創業の金山寺味噌の醸造蔵。

 

主屋は天保12年(1841)の築造です。

 

丁度、昼前だったので、散策していて気なったカレー屋でランチにしました。

 

スパイスカレー チャッピー

 

古民家リノベの内観も良い感じ。

 

 

頂いたのは2種のカレーのあいがけ。

 

2種あいがけ(チキン・エビトマト)

 

チキンは甘口系かと思いきや、しっかりとスパイスが利いたコク深いもので、さっぱりとしたエビトマトとのバランスも良く、双方の美味しさを引き立てます。

 

お店の方も気さくで素敵なマダムで、湯浅やパンダ返還のことで食後に少し歓談。

 

"パンダ帰ったら和歌山は終わりや〜"とw

 

"高野山と熊野があるでしょ"と、私。

 

腹ごしらえをして散策後半へ。

 

 

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