愛知城巡り2日目。

 

愛知県中央に位置する岡崎へ。

 

<旅の行程>

1日目:小牧山→犬山→清洲

2日目:名古屋→西尾→岡崎→浜松

 

城巡りの〆は、岡崎藩5万石の政庁、徳川家康生誕の地でもある岡崎城です。

 

◆岡崎城◆

(岡崎市指定史跡・日本100名城)

大手門

 

平成5年(1993)に木造復元されました。

 

 

大手門から続く石垣。

 

 

門の先は二の丸跡。

 

城址は岡崎公園として整備されています。

 

右手に見えるのは、本多忠勝公像。

 

本多家は延べ10代に渡り、岡崎藩主を担いました。

 

徳川家康公像

 

徳川家康は天文11年(1542)、岡崎城主・松平広忠の嫡子として、この地で生誕します。

(幼名は竹千代)

 

6歳の時、人質として駿府の今川氏の元へ送られ、後に今川義元の姪とされる築山殿を正室としますが、永禄3年(1560)に桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に撃たれると、織田信長と清洲同盟を結び、今川氏、武田氏と対峙していきます。

 

しかみ像

 

元亀3年(1573)、武田軍に惨敗した三方ヶ原の戦いの戒めとして描かせた戦役画を元にした銅像で、平成19年(2007)、徳川家18代・徳川恒孝の寄贈。

 

天正10年(1582)、本能寺の変で織田信長が討たれた後は、織田方として羽柴秀吉と対立、小牧・長久手の戦いが勃発しますが、後に和睦し、豊臣秀吉に臣従する事となります。

 

天守

*入館料¥300

 

15世紀中期、仁木氏が築いた砦を起源とし、享禄4年(1531)に松平清康が城郭を整備します。

 

天守が築かれたのは元和3年(1677)のこと。

 

 

現在の天守は昭和34年(1959)の復元。

 

 

天守入口に展示されている礎石。

 

 

城郭や城下町の資料が展示されています。

 

 

 

最上階から望む岡崎の眺望。

 

 

豊臣政権下では駿府城を居城としていた家康でしたが、天正18年(1590)に江戸城に移ります。

 

秀吉の死後、その嫡男・豊臣秀頼の後見人となり、五大老筆頭としての権力を振るい、慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで勝利を収めると、その3年後の慶長8年(1603)に江戸幕府を開きました。

 

龍城神社

(主祭神:徳川家康公・本多忠勝公)

*読みは"タツキジンジャ"

 

天文12年(1543)創建された城の守護。

 

築城時に井戸から龍神が現れ昇天したという伝承から、岡崎城は龍城とも呼ばれました。

 

太鼓門

 

二の丸から続く櫓門跡と曲輪。

 

 

雄大で美しい石垣や堀を眺めて。

 

清海堀

 

石垣越しに天守を望む。

 

 

 

天守裏では、竹千代と家康の坐像がお出迎え。

 

廊下橋

 

江戸時代、屋根付きの橋が架かっていましたが、大正9年(1920)、アーチ型石橋に改修されました。

 

 

城址の西側に出ます。

 

東照公産湯井

 

生誕の地らしい史跡ですね。

 

 

木々の隙間から覗く天守。


歴史に翻弄されつつ耐え忍び、天下統一を果たした偉人の始まりの城巡りでした。

 

岡崎の名産、味噌の町へ向かいます。

 

 

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