石川県漫遊2日目。

 

11時半に金沢を出て、JR線で能登半島の付け根、羽咋駅へ向かいます。

*読みは"ハクイ"

 

<旅の行程>

1日目:金沢

2日目:金沢→羽咋→大聖寺

3日目:大聖寺→加賀橋立

 

目的地は"今行ける能登"を謳う、能登国一の宮。

 

私の崇敬神社で、9年振り3度目のお参り。

 

毎年、年末や夏に郵送で御祈祷をお願いしているので、返納する御札や絵馬、御守りを大量にリュクに詰め込んでのお参りとなりました。

 

駅からタクシーで5分。

 

◆能登国一の宮 氣多大社◆

 

青空の下、素木の鳥居を見上げる。

 

再訪が叶った事に胸が躍ります。

 

斎館

 

斎館脇の返納所に古札を納めて、9年間のご加護に感謝。

 

社務所

 

授与品の宣伝アナウンスが流れる境内w

 

氣多大社は最高裁まで争った末、神社本庁から離脱した単立運営の神社。

 

授与品や広報やイベントに熱心なのは、単立神社だからこその独自&自由路線かも?

 

 

単立神社としては、靖国神社や金刀比羅宮、伏見稲荷神社、日光東照宮が知られますが、今春、鶴岡八幡宮も神社本庁から離脱しました。

 

 

胸板キングな狛犬。

 

神門

(国指定重要文化財)

 

天正12年(1584)建立。

 

屋根の反りが美しい四脚門です。

 

 

高鳴る胸の鼓動を鎮めて、門の中へ。

 

幸せむすび所

 

日本で唯一の縁結び専門の御祈祷所です。

 

拝殿

(国指定重要文化財)

<御祭神>

大己貴神

 

社伝によれば、孝元天王の御代(紀元前214〜158年)の創建と伝わる、北陸随一の古社。

 

能登半島が越中国の一部だった時代、越中国一の宮として崇敬され、能登国として独立した後は能登国一の宮になり、歴代領主から手厚い加護を受けてきました。

 

 

尚、氣多大社が抜けた越中国では、一の宮争いが勃発し、気多神社・射水神社・高瀬神社・雄山神社の4社が乱立したまま今に至っています。

 

 

拝殿は承応2年(1653)の建立。

 

入母屋造り、檜皮葺屋根の雅な深み。

 

御本殿

(国指定重要文化財)

 

天明7年(1787)の建立。

 

前後に庇を設けた美しい両流造です。

 

御本殿の左右に境内社が佇んでいます。

 

若宮神社

(御祭神:事代主神)

(国指定重要文化財)

 

永禄12年(1569)、畠山氏による寄進。

 

御祭神は大己貴神(=大国主神)の御子神。

 

白山神社

(御祭神:菊理媛神)

(国指定重要文化財)

 

御祭神は北陸の霊峰、白山神社の女神。

 

優美な流造の社殿は天明7(1787)年の建立。

 

神庫

(石川県指定有形文化財)

 

天明7年(1787)建立、校倉造の宝物庫。

 

楊田神社

(御祭神:荒御魂神)

入らずの森

(国指定天然記念物)

 

社殿を持たない楊田神社の鳥居。

 

その先は"入らずの森"と呼ばれる禁足地。

 

森の中には奥宮(御祭神:素戔嗚尊・奇稲田姫命)が鎮座しています。

 

 

神域へと続く参道。

 

太玉神社

(御祭神:天太玉神)

 

太古の原生林の中を漂う。

 

菅原神社

(御祭神:菅原道真公)

 

お参りを済ませ、隣接した寺院へ。

 

正覚院

(宗派:高野山真言宗)

 

かつての神宮寺です。

 

神仏習合時代の宝物を多く所蔵しています。

 

すぐ先は日本海。

 

 

幸い、震災では大きな被害は無かったそうです。

 

能登半島の復興には、瓦礫となった土地建物の所有権者問題や、元々の過疎化・高齢化問題、それに加えて、人材や資材調達の問題も絡み、まだ相当の時間が掛かることでしょう。

 

復興への歩みを見守りながら、自分に出来ることをしていきたい。

 

"今行ける能登"、氣多大社。

 

祈りと共に境内を後にしました。

 

御朱印・御守り

 

時刻は14時半。

 

羽咋駅から一気に県境の加賀市に移動します。

 

 

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