日本三霊山。
それは、富士山・白山・立山。
ここ芦峅寺の地は立山信仰の一大拠点として栄え、江戸時代には33軒の宿坊がありました。
そんな巡礼の地の今を巡ります。
富山県[立山博物館]
*入館料¥300
中宮祈願殿に隣接した資料館で、立山信仰や立山の自然についての展示がされています。
*資料は撮影禁止
施設名に括弧が使われているのは、富山県立"山"博物館との混同を避ける為だそうです。
右の妙な生き物?は、江戸時代に流行った"くたべ"という、立山に住むと噂された悪病除けの人獣。
デフォルメした訳でなく、元の絵図からこのクオリティなので、なかなかの作画崩壊っぷり…
宿坊・教算坊(旧佐伯邸)
*見学無料
33軒あった宿坊のひとつで、立山博物館の構成施設。
庭園
(富山県選定とやまの名勝)
緑に萌える美しき庭園。
江戸時代後期の築造で、明治時代以降は佐伯家の所有となり、昭和晩期に寄贈されました。
江戸時代後期、登拝者は年間6千人にも及んだそうです。
各々の色とテーマを持つ三間続きの座敷。
白壁の間(座敷)
水を表す白壁の間には、立山信仰が描かれた曼荼羅が架けられています。
立山曼荼羅
赤壁の間(奥の間)
鮮やかな毛氈の間は火を表します。
床の間にはチベット曼荼羅。
青壁の間(奥の後の間)
空を表し、床の間には天界絵図。
茶室
天井の造形に惚れ々。
宿坊建築を後に、街道をゆきます。
その先には常に立山。
かつての登拝者はどんな想いでこの街道を歩んだのだろう?
立山参道の石塔並びに石仏群
(富山県指定有形民俗文化財)
登拝者を見守る石仏群。
閻魔堂
入山前に閻魔堂で審判を受けます。
赤い橋はこの世とあの世の境。
煩悩の数108枚の敷板を踏み締めて渡ります。
布橋
その先には立山。
当時、立山は女人禁制だった為、白い布で目を覆って布橋を渡り、極楽往生を祈ったそうです。
この儀式は布橋灌頂会と呼ばれ、現在もイベントとして開催されています。
*読みは"ヌノハシカンジョウエ"
かつて姥堂があった広場からは、雪を被った美しい立山連峰を一望出来ます。
善道坊
木立に囲まれた旧宿坊。
旧嶋家住宅
(国指定重要文化財)
江戸時代後期の建築で、飛騨との境の集落から移築されたもの。
石が置かれた板葺屋根の町家は飛騨街道筋の民家の特徴だそうです。
旧有馬家住宅
(立山町指定有形文化財)
豪農、有馬家の旧宅です。
江戸時代後期の建築で、町内からの移築。
明治時代には役場としても使用されました。
かつての茅葺屋根は銅板葺になっています。
信仰の道に移築された名建築たち。
屋外博物館でもある立山博物館を堪能した散策でした。
ご当地マンホール
立山と雷鳥の柄。
バス停へ戻り、もうひとつの雄山神社へ。
続く。





















