時は昨年11月に遡ります。

 

結構突然の札幌出張。

 

昼に札幌支社入り予定の為、それまで自由。

 

となれば、朝一で札幌入りして、長らくの課題だった一の宮参りをしない手はない。

 

確か、13年振り?

 

以来、ちゃんとお参りしたかったお宮。

 

始発便で飛び、9時過ぎに到着。

 

◆蝦夷国一の宮 北海道神宮◆

第二鳥居

 

表通りに面した鳥居。

 

創建当時の世情から、ロシアへの守りの意味で鳥居が北を向いています。

(今もその世情は変わらない)

 

表参道

 

澄み渡った空の下、一直線に伸びる参道。

 

 

参道が開けて神門が見えてきました。

 

手水舎

 

光溢れる手水舎と神門。

 

神門

 

神明造の神門。

 

 

独特の様式の注連縄。

 

神門を抜けて御神前へ進みます。

 

拝殿

<御祭神>

大国魂神

大那牟遅神

少彦名神

明治天皇

 

江戸時代からあった札幌の大社創建構想。

 

それが実現したのが明治2年(1860)のこと。

 

明治天皇の命により、政府官吏だった島義勇が品川から御神体を背負い札幌入りし、奉斎に至ります。

 

島義勇はその後も北海道の発展に努め、"北海道開拓の父"と呼ばれました。

 

 

大国魂神は国そのものを神格化したもの。

 

そこに、開拓神でもある大那牟遅神(大国主命の別名)と少彦名神、そして、明治天皇が祀られています。

 

まさに、国土発展の神々。

 

明治時代創建の為、延喜式が定めた一の宮ではなく、近年に認定された新一の宮です。

 

 

平日の朝でしたが、結婚式が行われていたり、外国人観光客も多く賑やかな境内。

 

島判官銅像

 

札幌の街造りを先導した島義勇でしたが、後に政府との軋轢や利権争いの果てに解任され、故郷である佐賀で"佐賀の乱"を起こし明治政府と対峙します。

 

そして、敗北し斬首され生涯を閉じます。

 

幕末から明治、国家や価値観が激しく変動した時代、その渦に沈んだ侍。

 

今の世をどう思っているだろうか?

 

 

北国で見つけた秋の名残り。

 

開拓神社

(御祭神:北海道開拓功労者三七柱)

 

蝦夷地から北海道へ改称されたのは、明治2年(1869)の8/15のこと。

 

その開拓精神を讃え、昭和13年(1950)に創建されました。

 

御神木

 

空に枝葉を広げる柏の木。

 

春に生い茂る姿も拝んでみたい。

 

 

輝く石段。

 

円山公園口鳥居

 

境内は円山公園の一部になっています。

 

 

木々に包まれた散策路。

 

 

橙色に染まるカラマツ並木。

 

 

朝陽に照らされる北の晩秋。

 

 

森の長老感を醸す大銀杏。

 

御朱印

 

長年の課題だったお宮参り。

 

これで北の忘れ物を少し回収。

(今年は小樽に行きたい)

 

次回、札幌ラーメンの記事です。

 

続く。

 

 

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