出雲と並ぶ勢力を誇った吉備。

 

律令制の下で、備前・備中・備後・美作に分割されました。

 

吉備津神社の次に向かったのは、神体山・吉備の中山の西の麓に鎮座する大社。

 

◆備中国一の宮 吉備津神社◆

ニの鳥居

 

風情を残す松並木の参道を進みます。

 

数分で社頭に到着。

 

 

鳥居ではなく注連柱がそびえています。

 

北随神門

(国指定重要文化財)

 

天文12年(1543)建立です。

 

絵馬殿

 

随神門からは急勾配の石段が続きます。

 

その先には長屋門の様な絵馬殿。

 

そして、石段を上がると、いきなり拝殿。

 

拝殿

(国宝)

<主祭神>

大吉備津彦命

 

御祭神は第7代孝霊天皇の皇子。

 

四道将軍として吉備を平定し、その子孫は地方豪族の吉備臣となりました。

(その伝承が桃太郎説話)

 

創建年代は不詳。

 

崩御した御祭神を山頂に葬り、お宮跡地に社殿を建てた事が創祀と伝わります。

 

吉備の中山には、その陵墓と伝わる中山茶臼山古墳があります。

 

 

また、備前・備後はこの吉備津神社から分霊を請けて創建されました。

 

その事もあり、"三備一宮"を名乗っています。

 

拝殿から続く御本殿へ。

 

御本殿

(国宝)

 

荘厳、壮大な御本殿。

 

圧倒的な存在感に立ちすくみます。

 

 

眩い光に包まれて、益々神々しく。

 

その歴史や威厳といった全てが心と魂に染み入ってくる…そんな感覚。

 

 

拝殿・御本殿共に応永32年(1424)、将軍・足利義満による造営で、唯一無二の比翼入母屋造。

 

続いて、社殿反対側へ。

 

南随神門

(国指定重要文化財)

 

延文2年(1357)の築造で、境内で現存する最古の建造物です。

 

随神門から先、回廊が続きます。

 

回廊

(岡山県指定有形文化財)

 

天正7年(1579)の再建です。

 

その全長は360mにも及びます。

 

 

随神門を振り返る。

 

 

所々に境内社が鎮座しています。

 

えびす社

(御祭神:大穴牟遅命・少彦名命)

 

回廊から右へ下ります。

 

 

御釜殿

(国指定重要文化財)

 

鳴釜神事が執り行われる御釜殿。

 

鳴釜神事とは、釜で米を炊き、釜の蓋の鳴る音の強弱で吉凶を占う特殊神事。

 

吉備津彦命に征伐された温羅は、首がはねられた後も唸り声を上げ続けたそうで、吉備津彦命が悩んでいると、温羅が夢に現れ、"妻に神饌を炊かせれば鎮まり吉凶を告げよう"と伝えたそうです。

 

その伝承を起源とする特殊神事。

 

 

現在の御釜殿は慶長17年(1612)の再建。

 

この下に温羅の首が埋められているとか…

 

本宮社

(御祭神:孝霊天皇)

 

回廊の終点に鎮座しています。

 

御祭神の父・孝霊天皇を祀ります。

 

回廊を戻ります。

 

いちょう神木

 

樹齢600年の御神木。

 

御朱印

 

吉備津彦命(桃太郎)と温羅(鬼)の物語。

 

本当に温羅が悪だったのだろうか。

 

その温羅が関わる特殊神事。

 

古代から歴史は覇者が創り上げるものではあるけれど、日本特有の敗者も尊び融合していく資質を感じた桃太郎のお宮参りでした。

 

2日目の宿のある倉敷へ向かいます。

 

続く。

 

 

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