SNSの選挙報道を見ていて気付いた
昨年の秋の兵庫県知事選挙の時期に、いろんな動画を見ていたんですね。
当時はまだ候補者だった斎藤現知事とか、対立候補として大きく取り上げられていた稲村さんとか、選挙運動そっちのけで喋る喋る、N党の立花さんとか。
大阪の吉村知事とか、元・安芸高田市長の石丸さんとか、本当いろいろ。
記者会見や囲み取材の様子を見ていると、記者の中に、何度も同じ質問を繰り返す人が紛れてるんですよ。
いやそれさっき答えてたやんとか、なんかイライラして聞いてたんですが、そのうち気づいたのが
「…同じ質問を繰り返す人には、同じ答えを同じ言葉で答えてるなぁ」
ということ←全然政治と関係ない
言い換えをすることもなく、何度も同じ言い方で答えてる(同じ質問なんだから当たり前)姿は、私にとってはちょっと違和感で、でもしばらく見ているうちに思いました。
ああ、わざわざ相手の理解のために言い換える必要なんてないのかも、と。
例え話の弊害
私、過去に、例え話を多用しているうちに自分でも迷子になるようなところがありまして。
「何度も同じことを聞かれるのは、こちらの説明が不十分だったせい、それでも分からなければ相手の理解力のせい」
と自分に結構な負荷を課していた。
それで、自分側の要因は潰すべく、共通言語とか相手に刺さる例えを探していたんです。
そもそも「え?」って聞き返されるのも苦手でしたし。これは固める反射あるある
そうやって、わかりやすく話そうと話そうと努力をし続けてきた結果、話すスキルが磨かれた部分はきっとあるんだとは思うんですが、一方で、却って何も伝わらない経験もしてきたのです。
言葉が多すぎて、例え話のパターンが多すぎて大渋滞。
話せば話すほど伝わらない。
どうしたら良いのか途方に暮れたりね。
聞き返す人の事情は色々あるにせよ、大別すれば
①単に聞き取れなかった
②前提が共有できておらず何の話かわからなかった
③ガチで何を言われているのかわからなかった
上記のいずれかだと思い込んでいたのですが、実は
④「自分の欲しい答え」が得られるまで何度でも聞く
人が、世の中にはいるのですね!
問答の線引き
意図を持った(盛った)質問、というのがある。
わからないから、知りたいから質問するのではなくて、最初から結論ありき。
導き出したいストーリーがあって、それに沿った答えが欲しい人というのがリアルに存在している。
意識的にせよ無意識にせよ、また、悪意の有無に関係なく、です。
自分の土台がナチュラルかつストレートなので混乱しがちだけど、攻撃のために相手を転ばせに行く人も普通にいるのは知っているし、今までそんな人に会わなかったわけではないのになー、どうしても紐つかなかったんだよなー。
特に今回動画で見たのは、記者であるはずの人が、会見時に取材対象ほっぽらかして持論を展開してばかりだったり、自分の論を土台にしての質問をしていたので、この人大丈夫なのかな?なんて思ってしまって…
記者なのに記者の仕事をしていない💦後でその人が界隈で有名だということを知りました…
冒頭の内容に戻りますが、記者会見で、何度も同じ質問をされ、それに対して何度も同じ言葉、言い回しで答えている様子を見ているうちに、むしろ同じ言葉、言い回しである必要があるのかもなと思いました。
私とは対極の態度。
この態度は、聞き手が先に書いた①〜④のどの事情でも通用しそうです。
同じ言葉を繰り返して聞くことで理解が深まることは私にもありますし、それはとてもありがたい。
むしろ、私みたいに例え話迷子になるようなタイプの人間ほど、伝えるべき言葉と筋道は変えずに、聞き手の力、理解しようとする努力、行動に委ねる意識も必要…
問う側と答える側の真ん中にある線を、越えない。
それが、相手の領分と自分の領分を尊重することにもなる。
歩み寄りすぎると本筋からズレてしまいますしね。
100%の理解を目指すあまりに本筋をブレさせないこと、そこは改めて意識しようと感じました。
…という、気づきの話。
ちぃ
反射の統合ワークやってます。


