これだけ不定期なブログですが「書きたい」という願望はいつもあるんです。

 

アイピーエムで、人間が「頭や肉体の動き」という1つのギアだけではなく、「思考と感情」、また「無意識」の動きという2つの可動域を使うことを教わり実践するものですから、普通は「頭と肉体」の1つのテレビ画面で世界を見るところ、3つのモニターで日々を過ごしますので、自然と体験や気づきも増え、書きたいこともたくさんストックされていきます。

 

書いてて思ったのですが「アウトプットが溜まっていく」というこの感覚は、皆さんも体験されることありません?

 

実はこの「アウトプットできない何かが溜まっていく感覚」というのは、人間の無意識の形成と非常に関係するということをご存知ですか?

 

昔、精神分析の世界で、悪質なほど解読が困難と言われるジャック・ラカンという精神科医がおられましてね。アイピーエムの一部にもこの先生の研究は含まれているのですが、僕は難しいことを分かりやすく説明するっていうのが取り柄ですので、ちょっとサクサクと簡単に話します。

 

簡単に言うと、

人間は、赤ちゃんとして生まれて最初は言葉をもたないんですね。見ているのは感覚的世界です。母親の温もりや、毛布の肌触り、心地よい空気の揺らぎなど、言葉にならない感覚の世界にいます。

 

しかし、そこから親が話しかけることにより「言語表現」を余儀なくされます。すると、赤子は莫大な感覚の中から、言語という限定された狭苦しい世界に入っていかねばならない。そのようにして超感覚的な存在から、人間になっていく。

 

でも、どうしてもこの言葉として処理しきれない「言葉にならない感覚」は、常に身に起こる。それをストックする場所が必要だ・・・ということで、無意識という器が形成されるっていうことなんですね。

 

アイピーエムでいう、7歳までに創られる心のトラウマっていうのも「この言語化できない何か嫌な感覚」なんですね。

 

親が子供に言語でコミュニケーションを求めるわけですが(親もそうするしかありませんから)、そこで起こる一つの問題は、「言語化できないものはアウトプットしてはいけない」と子供が誤って認識することです。無意識の制約がここで作られるわけです。

 

ここで親が子供に「正しい言語」を求めるとなると、さらに事態は悪化しますね。

 

人間は、この頃から「言語化できない気持ち悪さ」を知ります。

 

それが大人になってからも「言いたいことが言えない」とか「うまく表現できないという自己表現の苦しさや悩み」とか「アウトプットできない自己閉塞感」などなどが起こるってことです。

 

さて、人間が、苦しむ理由の一つが「問題を正確に認識できないから」ってのがあるんです。ここで認識するべきは、「言語化できないという感覚は当然のごとくあるもの」であって「普通」であって、苦しむ対象ではないという認識です。

 

アウトプットが溜まっていく、だからなに?そんなの何十年も前からやってるよ♪ってなことです。今日もすがすがしい一日を✨