――20代の頃、「40代や50代で人生がうまくいっている人たちは、なぜ自分たちに「うまくいく生き方」を教えてくれないんだろう?」と僕は、思っていました。

「20代のうちにこれはやっておいたほうがいい」

「これを学べば人生が楽になる」

「こうしていると収入になる」

「こうしていると幸せに近づく」――そんなことを、どんどん教えてくれてもいいのに、と思っていたわけです。

そんな自分も40代になりました。
もしかしたら、今もそんなふうに感じている人がいるかもしれません。
なので、そんな当時の僕のような方がいるなら、うまくいく生き方を独り言として書いておきます。


まず、幼い頃から学校教育や義務教育で「蓋をされていた」若い頃というのは、「自由になりたい」という願望が強く出る時期です。それらの反動で、上から何か言われたくない、自由にさせてほしいというのが現れます。

 

そして、若いうちは「自分だってできるんだ」と格好をつけたくなる時期でもあります。なぜなら、子どもの頃、「できない人」がバカにされる場面も見てきたから「できる自分でいたい」というプライドもあります。

もちろん、それ自体が悪いことではありません。「魅力的な自分になりたい」という願望は、とても素晴らしいものです。でも、何も知らないのにプライドばかりが先に立ってしまうと人生は空回りしますし、いずれ「化けの皮」は剥がれます。

では、そうならないためにはどうすればいいか。
――それは、「人生をしっかり築いている人」で「それを人に教える立場にある人」に出会うことです。

その辺の先輩や知り合い、友人など、身近な人たちからでは限界があります。残念ながら、そういった人たちの中に、あなたの人生を本質的に導いてくれる「指導者」や「マスター」がいることは、めったにありません。

だからこそ、友人関係や近所付き合いとは別に、人生の「いろは」を教えてくれる“師匠”のような存在と出会うことが、何よりも大切です。

ただし、その“師匠”は、待っていても勝手に現れるわけではありません。

先ほど話したような「プライド」をいったん脇に置いて、頭を下げて学ぶという謙虚な姿勢が必要になります。

「自分はもうわかっている」と思っていても、20代・30代の段階で、人生に関する知識において熟練者と対等になれるわけがありません。

世の中は、あなたが思っているよりも、もっと広くて深く、
さらに知識や情報だけでなく、そこに「人生経験」「体験」「キャリア」「実績」が社会には蠢いています。

それを甘く見てはいけません。

そういった深みのある人生をすでに歩んでいる人物から、直接学びを得ることがとても大切です。

多くの大人たちは、実はそのような「人生の師匠」と出会うことなく生きています。

 

セミナーやスクールとは次元の違う、自分の生き方そのものを教えてくれる存在――それに出会えるかどうかが、人生の成功を分ける本質的な分岐点になります。

そして、そのような人に出会うためには、自らの足で歩いていかなければなりません。三国志の劉備玄徳が、諸葛孔明に三度足を運んだ「三顧の礼」がその好例です。


さて、学ぶ中で立ちはだかるのが、「承認欲求」です。
「認められたい」「評価されたい」という気持ちは、若い頃ほど強くなりがちですし、大人になってもそれを引きずっている人は少なくありません。

でも、一度立ち止まって考えてほしいのです。
――本当に承認されることが、あなたの目的でしょうか?

「認められること」と、「あなたが本当に欲しいもの」は、まったく別のはずです。

例えば、若いうちに成功して、いい車に乗って、家を建てて、豊かな人生を送りたいとしたら、あなたが求めているのは“豊かさ”であって、“承認”ではありません。

この社会では、「認められたらうまくいく」という幻想(妄想)がよく信じられています。だから最初から「認められること」を目指して動く人が多い。でも、実際にはそんなことはありません。

本当に成功する人、豊かになる人は、「認められたい」から努力しているわけではありません。自分の「欲しいもの」のために、やるべきことをやっているだけなのです。

――だからこそ、あなたも忘れないでください。
自分の「本当に叶えたいこと」はなんでしょう?

(続く)