僕は、至って現実的な人間です。
どれだけ自分を誇張してジャンプをしても、手が太陽に届くわけもなく、地に足をつけてコツコツ生きるのが人間だと思っています。

 

その至って現実的な思考で、日本の現状を眺めています。

 

日本には勤勉な人や、様々な学者や技術者がおられます。様々な技術、学問があり、その日本人が束になって、いま日本の経済状況はどうなっているのかというと、一向に経済回復の兆しは見えません。はっきり言って、いま日本にその力はなく、その力を得るところも国内にはありません。

 

成功しているのは、日本の常識から逸脱し、突出した一部の人間です。

 

僭越ながら私は、日本のトップ1%に入る豊かさを手にしています。それがなぜ叶ったのかと言うと「日本にある学びや情報では解決ができない」と現実に気づき「世界の一流の学びを手にしているから」というのが理由です。

やっていることは、世界トップの学びを、日本に居ながら、留学もせずに、海外にも出ずにローコストに学ぶという、最もリスクのない選択をしたのです。

 

これは、とても現実的な理屈からくる選択です。「世界トップ1%の学び」と、そこだけみたら突拍子もないことに見えますが、冷静にやっていることを見ると、無計画に海外に飛び出すわけでもなく、極めてノーリスクな選択です。今のまま日本の常識に染まる方がよほどハイリスクです。

 

いま日本の情報や、学びや常識に従っていても、その結果、「大変で苦しい」という日本社会の常識に埋没するだけなのです。

 

日本に優れた方は沢山いるのに、なぜ、その苦しいままに今までやってきたことを続けるのかというと、やってきたことに誇りやこだわりがあるからです。その誇りや、こだわりが進化の害を成すことがあります。

また「自分の力で何とかせねばならない」という考え方が日本では強すぎるのです。誰かに頼らないと、自力で脱出するには限界があります。僕は、そこでも「自分にはそんな力はない」という現実を見ています。

 

そろそろ見納めになってしまう1万円札の福沢諭吉は、1872年に発行した「学問のすすめ」で何を言ってるのかというと「みんな学ばないといかんよ」と言ってるわけです。「国民に学がないと、立派な政府なんてできないんだから、国民が学んで賢くならないといかんのだよ」と一節で言っているわけですね。

 

つまり、「学びもせずに、何に期待しているんだい?」と言っているわけです。

 

昔から決まって日本はこの流れです。
 

日本は島国で、ぬくぬくと過ごしますが、ある日、海外(外界)の世界をみると世界はとても進んでいることに気づき、先に知った人が「これではヤバい」と警笛をならします。最初、そんなことあるかと、新しいことを言い出す人を大衆は鼻で笑います。そうではない人も、私達には関係のないことと、我関せずで進みます。

しかし、後からその警告が正しかったと気づき「ほらやっぱりヤバいといったじゃないか。早く言うこと聞かないからしなくてもいい苦労をする」という歴史が毎度のパターンです。
 

いま、大きな社会変動の中で同じことが起きていますが、危機とチャンスは表裏一体で同時に起こります。冷静に考えて、今のままではまずい、でも日本を出る気はない、それでも自分を守りたいなら、日本にいながら世界トップの学びを得られたら、それは、もっとも安全な手段では?僕は体験して実際にそれを実感しています。

皆さんもその学びを得てください。僕も、福沢諭吉さん同様、学問を進めます。学びを得ることが、人間の最大の武器です。