大阪・関西万博開催中に、会場へ向かう大阪メトロ中央線の車窓から、古い建物が見えました。
トンネルに入る、すこし手前で一瞬ですが…
8月の暑い日に行ってみました。
その前に場所はというと…
大阪・関西万博の会場がある夢洲は、舞洲・咲洲と同様に、あとからできた人工島です。
明治36年(1903)、上の地図の赤丸印のところに築港大桟橋(現在の大阪港)が竣工し、大型船舶が着く物流や人の流れの玄関口となりました。市電も開通し、市内の九条方面へと人を運んでいました。
大大阪時代(1920年代~1930年代、大正から昭和にかけて)は栄えていたのですが、やがて車社会となり市電から地下鉄へと交通手段が変わり、人の流れは変わっていきました。
1軒目 商船三井築港ビル
東側
車窓から見える南側
昭和8年(1933)大阪商船(現在は商船三井)が建てた、スクラッチタイルが特徴的なビル。大阪商船は、海運事業だけでなく、ダイビルをはじめとするビル事業へも参入しました。
現在、1階にはうどん店が入っていましたが、この日は休業日で建物の中へは入れませんでした。上部の白い部分は後から足したそうで、竣工時は3階建ての建物でした。現在、1階の部分はかつての2階です。
説明が難しいですが…
隣のビルをみると事情がわかります。
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2軒目 天満屋ビル
3階建て?ちょっと変ですね。
地下があると思ったら、1階が半地下のようになっていました。
この辺りは、昭和20年(1945)の空襲で、木造建築や近代建築のほとんどが焼失し、つづく台風で水に沈んだそうです。
たびたび高潮や台風の影響を受けたため、戦後の盛土工事で、街全体の地面が2m(すごいっ)かさ上げされました。だから1階が埋まったり半地下になったのか!
天満屋ビルには焼夷弾が落ちたそうですが、焼失せずによく残ってくれました。
カフェなどが入っているので、次回は入ってみたいです。
大阪港といえば、海遊館や観覧車が目立っていますが、海遊館の西側では人魚姫が海を眺めてたりします。
15年ほど前、サンセット広場で春分の日あたりに撮った夕陽。
中央突堤のダイヤモンドポイントからは、こんな夕陽が見られるそうです。
大阪港デジタルガイドブック (大阪港湾局発行)には、この周辺が詳しく紹介されています。大型クルーズ船が寄港するので、街のPRに作られたようです。
赤レンガ倉庫や、天保山とUSJがある対岸をむすぶ渡船(無料)などもあります![]()
暑かったので、レモネードを飲んでひと休み。
酸味と甘みで生き返った~![]()
今思えば、あの暑さはほんと異常だったなぁ。
ちゃんと気温は下がり季節は進み、慌てて冬物出しました。



















