住宅街に突如現れた、堂々とした総茅葺入母屋造の表門(長屋門)。土蔵や高札場も連なっています。門をくぐると大きな主屋がありました。足を踏み入れると規模の大きさに驚くと同時に、江戸時代へタイムスリップした感覚になりました。

 

全景模型

 

 

 重要文化財(旧国宝)  吉村家住宅

江戸時代初頭の民家を代表する建物で、主屋、表門(長屋門)、土蔵、および土塀が国の重要文化財に指定されています。

吉村の祖は丹下一族とよばれる豪族でしたが、近世に吉村と改め帰農しました。天正19(1591)年には島泉の筆頭として政所と呼ばれており、享保14(1729)年以降は河内国丹北郡18ヵ村の大庄屋となりました。

主屋は元和元(1615)年大坂夏の陣の兵火で焼失後、間もなくの創建と推定されています。昭和12(1937)年、民家として初の国宝に指定(昭和25年文化財保護法制定に伴い重要文化財に再指定)され、現在まで代々の当主により維持されています。 

リーフレット・案内板・Wikipediaより

 

國寶住宅の碑

 

現在の平面図

 

寛政年間の古図では、他にも付属する建物があったようです

 

 

吉村家住宅は、年に2回一般公開されています。実は1年以上前に見学したのですが、情報量が多くなかなか書き進められませんでした。

 

2026年4月~6月は、春の国宝めぐり2026 という国宝・重要文化財が特別公開される期間で、こちらの吉村家住宅も4月17日と18日に一般公開されます。その前に… 現地にあった案内板と、ガイドさんから聞いたお話メモをたよりに書いてみます。

興味をもたれたら、この機会にぜひお出かけになってください。

 

 

 

主屋

全景

もとは入母屋造の屋根であったが、18世紀に瓦葺と茅葺屋根を組み合わせた切妻の大和棟(高塀造)に改築されました。

 

大戸口

家族や使用人が使った日常的な出入り口。両端が反った鳥居型の冠木には、菱形模様が彫られていました。

土壁に茶色の縦横ラインが引きたっています。

 

土間

大戸口から入ったところ

 

土間から見た台所(左)と納屋(右)

竹簀の子天井、広々とした土間。

 

Wikipediaによると、吉村家住宅の格子状天井デザインは東京都庁のファサードデザインに影響を与えたそうです。

土間の天井には太い梁と反復する格子構造がみられ、そういわれれば壁や他の部屋の天井や障子の桟にもそういったグリッドがみられると、今になって気がつきました。

設計者の丹下健三は、この地の丹下一族にルーツをもつそうです。

 

納屋

生活道具や高札が展示されていました。

さまざまな資料や映像を見ることができます。

 

かまど

はしごで登る中二階は下男部屋

 

 

かまどから居室部をみる

 

 

広鋪(ひろしき、通常よりも広い縁側)

 

 

吊り部屋

女中部屋だったそうです。

 

吊り部屋への階段(はしご?)

デザイン性はありますが、実用的とはいえません。身軽でないと無理な気がします。

 

 

居室部

お家の間(おいえのま)

お家の間から土間を見る

 

村落内の客人との接客室として使われました。

 

 

仏間

掛けられているのは、昭和15(1940)年に描かれた吉村家主屋

当時はここで生活されていました

 

玄関の間 奥に北の間

 

扇を貼り付けた貼交屏風
何気に京傳や雲谷法橋と書かれていますが、詳細不明です。
 

北の間

主人がくつろぐ趣味の間。

金箔貼りの衝立や茶器、陶器なども価値があるのでしょうか詳細不明です。

 

 

主屋の西部分にある玄関

役人などを迎える時に使われ、ここから西側は客室部となります。

 

客室部

次の間

次の間から奥座敷をみる

天井は板張り

 

立派な透かし彫りの欄間

奈良県吉野にある吉水神社書院に、これと酷似する欄間があると聞きました。

どういった関連があるのか不明ですが、いつか見てみたいと思いました。

 

下地窓があり点茶の設えもありました。

 

 

奥座敷

 

簡素な数寄屋風書院座敷。書院造の床の間と花頭形の窓の附書院。

壁画はうすれ、何が描かれているのかはっきりしませんが、年月を感じさせる趣きがありました。

 

附書院

 

 

さまざまなデザインの釘隠し 

image

 

襖の引手と襖絵の一部

image

 

 

広縁

 

すべて違うデザインの透かし彫り

image

庭にはソテツ、松、ハゼなど

 

 

客室部から土蔵をみる

 

背の高い蹲

この蹲は貴重なものだと聞いたのですが、詳細は失念してしまいました。

 

壁を揃えず段差をつけている

江戸初期に建てられた桂離宮や栗林公園の掬月亭などにみられる雁行形を意識したものでしょうか。

 

 

主屋・表門・土蔵は昭和20年代から平成10年代に半解体復原修理が行われ、現在の状態が保たれています。

簡素ながら格式の高い造りの客室部は、当時のまま残されていて大変貴重だと感じました。透かし彫りなど職人の高い技巧を残す木造建築として、後世に残ってほしいと思いました。