つやつやの手摺、階段の曲線美がたまりません。

 

 

 
黄色味がかった石は、日華石。
床は、大理石のモザイクタイルとテラゾーです。
その間に、何かの花(?)がデザインされてます。
 
テラゾーは最近知った言葉で、高島屋東別館でも「職人さんが現場で石を磨き出す技法」との説明がありました。詳しくはこちら
 
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階段ウラもなめらかで触りたくなります。

 

 

原田産業 大阪本社ビル

竣工 昭和3年(1928)

設計 小笠原祥光

地上2階建

鉄骨鉄筋コンクリート造 

 

ミナミから長堀通の北側へ移動しました。

最近はマンションも増えましたが、商業ビルや会社が多い南船場です。

 

入口は真正面でなく、右側に寄せて。

2階窓のアーチと呼応するように、ゆるやかなアーチ型。

 

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ここから入るとすぐ、最初の写真の階段ホールです。

右側に重厚感ある受付カウンター。

 


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建築家の小笠原祥光は、渡辺節建築事務所に居たこともあり、村野藤吾と仲が良かったといいます。大阪では、茶臼山の住友家本邸の担当もしていたとか。

 

大正12年(1923)創業の原田産業は、総合商社としてこのビルを本社とし、建築を学んだ現在の社長の提案をとりいれ、改修しながら現在も使われています。

 

↓会社のサイト内のギャラリーに、建物の写真がたくさん掲載されてます

 

 

 

初めて見学したのが2017年頃で、以来何度か来てますが、いつも素敵!と思いながら眺めています。年末には、社員全員でお掃除されるそうで、会社ぐるみで建物を大切にされているのがわかります。

 

ウォールナットの濃い色と白い壁。

照明器具や窓枠、大きな窓から入りこむ光。

 

 

2階の各部屋も、細かな装飾と落ち着いた家具で上品な空間です。

 

 

 

仏間もありました。

 

 

 

 

すてきなレトロ建築ですが、戦争の記憶も残されています。

 

 

戦時中、大阪は8回の大きな空襲を受けました。

1945年3月の最初の空襲で、大阪市内中心部がほぼ戦災に遭いました。

その時の炭化柱が展示され、説明書きがありました。

 

大阪市戦災地図
 

 

大空襲直後の写真も掲示されていました。

中央、縦の道路が御堂筋。

木造建築がすっかり焼失した中、大丸百貨店、原田産業ビル…

よく残ってくれました。(文字は加筆)

当時の様子をみると、現在何気に見ている建物の貴重さを実感します。
 
ちなみに、すぐ近くの大阪農林会館もすてきな建築です。

 

 

以前撮った写真。
 
 
すぐ近くに、2つのレトロ建築があるおすすめの場所です。

 

 
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最後にまた階段のショット。

窓の外に小さなバルコニーが見えるのもいいです。

 

 

イケフェス2024

 

 

 

 

ぽつぽつ不定期につづきますあしあとあしあとあしあと