昨日記事書いてて
ああ、これを出す時が来たのかなと思った。
何度も下書きして
でも出すのがこわくて
今じゃないとか言い訳して。
でも、私の核となる出来事。
突然ですが、
みなさんは、四階建てのビルから飛び降りようと思ったことはありますか?
私は、あります
このときよりも前の時期ですね。
鬱を発症して、みるみるうちに悪化して
例の妄想の中にいたのでね、(逮捕される〜みたいな)
このままでは大変なことになる
だから早く死ななきゃって
毎日死に場所を探してました。
買い物とか、銀行行ったりとか、
日常生活を送りながら
一方で、ネットで自殺マニュアルとか検索したり。
完全に狂気ですね。
でも、手首切ったって簡単には死ねないし
首を吊ろうと思ってやり方を検索したら
すごい画像が出てきてやる気は失せるし
練炭がいいなと思ったんだけど
鬱になると、脳の働きが著しく低下するので
もう練炭を手配して密室を作ってどのくらいの量でとか
そんな難しいことを考える頭は残ってないの。
じゃあってなわけで
飛び降りようと思ったんですが
ほんとは八階建てくらいが希望だったんだけど
そんな都会でもないので、なかなかなくて。
そんな高い建物の屋上はたいてい
とても乗り越えられないような
柵がしてあったり。
で、妥協して目星をつけていた4階建てのビル。
ある晩、子どもと一緒に寝てたんだけど
もう、これ以上経つと
死ぬ元気もなくなる!大変なことになる!と
いてもたってもいられなくなって
家を飛び出した。
で、現場に着いたんだけどね
恐る恐るどんな高さかと覗くと
めちゃくちゃ怖い。
何が怖いって、
普通に高くて怖い。
何度も柵に足をかけて踏み込もうとしたけど
身を乗り出すことさえできない。
んで、あと、意外と低くて怖い。
こんな高さじゃ死ねないかもしれない…
私は、とにかく確実に死ねる方法を渇望していた。
万が一にも死にきれないようなことがあったらと思ったら
死ぬことよりも怖かった。
結局、その場に2時間くらいいて
一回だけ身を乗り出すところまでいったけど
無理無理無理無理無理無理…
一旦しゃがみこんだら
もう二度と柵に手をかけることはできなかった。
で。
急に肌寒くなって
風邪引いたらどうしようと
いきなり気になりだして
(真面目です
)
どっしよっかなーと思って
こんなに大袈裟に飛び降りに来といて
ノコノコ帰るのは
なんだか自分にカッコつかない気がして
「〇〇(娘)の為に生きる!」
とか何とかつぶやいてまた自宅に帰った。
でも、これがまったくの本心ではないことは
本当は、自分にバレバレでした。
帰ったら夫が
携帯を持ってオロオロしていて。
でも、私の中では
いないのがとっくにバレて
警察や母にももう言っただろうなぁと思って
ああ大変なことになってしまった
と思いながら帰ったので
えっ
まだ言ってないなんて
私のことが心配じゃないの!?
とかなんとか
またあらぬ方向へ話をもっていって
(ま、ビョーキなのでね)
でも、このとき
完全に養育能力を失っていた私に代わって
子どもたちの命をつないでくれたのは
夫と母、義父母だった。
今は本当に感謝している。
それでね、
この時確信したことがあって。
病気が悪化するにつれ
自分の中で
どんどん友人や親戚や大事なものは
掌の中から失われ
いよいよ夫や母の存在も消えていった。
命をかけてまで守りたいと思っていた
最愛の子らのことも
ある段階で執着を手放した。
それよりも
頭を占めていたのは自分のことばかり。
もはや、自分の心配をすることしかできなかった。
変な言い方だけど
自殺に対する行動力はあの時がピークで
その後は、
依然として死にたいとは思うものの
あの時ほどの「瞬発力」を
出すことはもうできないと
自分でもわかっていた。
そのうち
死ななきゃ死ななきゃと思えば思うほど
生きたい
と思うようになった。
そして、だんだん
あれ?死ぬのかな?みたいになって
なんで死ぬのかわからなくなって(笑)
結局その後、
躁転してまた鬱になって
すごくしんどい時期は
2年くらいかけて治まっていったんだけど。
私はこの時、
自分は自分のためにしか生きられない
と、思い知った。
結局最後は自分のことしか考えてなかったもん。
あんなに吐きそうなくらい愛していた子どもすら、
最後には消えるんだと思った。
だからそれ以来
世の中のために、とか
誰かの役に立つ、とか
まったく響かない人間になった。
ゲスはゲスらしく
ゲスく生きようと思った。
私は自分のためにだけ生きる。
このことが
今の私の核を形成している。
だから、
こんなに、自分自分言うんだよ(笑)
でも、
それが真実という確信もある。
自分のために生きている時こそ
他人を最大に愛せるんだ。


