ヘルパー(メイド)にさよならした昨夜
無事に出国
  


子供達の反応といえば
別れ際、泣かなかった
前のヘルパーの時は泣いたのは
幼さ故か自分もスライドあってか?
相手も泣いてたし😭
きっと淋しくなりますが
私達も今夜日本へ一時帰国です 
 
さて、13年に及んだ
ヘルパーとの暮らしで
学んだこと
 
それは階層社会という
日本で育った私にとって
当初はただ驚き
悲しくもそれが根付いている
現実の国ということ

ドライバーは車庫で
ゴザをひいて寝てたり

ヘルパー専用の部屋も
簡素で
扱いの違いに
衝撃でした
(国により待遇も違いもあると思う)


我が家は独立した

ヘルパー専用の

バスルームと部屋が

前任国でも今のシンガポールも

あったので距離は取れた

しかし🇸🇬や🇭🇰の部屋は狭い


ない場合は赤ちゃん等

子供を面倒見る場合は

添い寝で自室なしもあるという


お国によっては

キッチンもすべてわける

離れがあるタイプもありました


上

ベットを置くと狭くなるので

折り畳んだマットレスを使用

3畳もないであろう広さです


下

温水シャワーを後づけて設置

水シャワーだけに家庭もある


頭の痛い事件もあったけど
慣習も違う国で
生活するのは手助けが必要で

海外で出産、育児という
人生でも多忙な時期には
多々助けになりました
 
まったく異なる国での
ヘルパー雇用経験

最初のスリランカは
周りも雇う人が多かった
外国人はもとより
ある程度の収入がある
現地家庭であれば雇うのが一般的

家事をするヘルパー(メイド)
子供を見るナニー
ドライバー
そして庭師など
様々なサーバント(使用人)の
力を借りて成り立つ暮らし
 
対しシンガポールは
共働き世帯も多く
介護も自宅でする人が多いとなれば
家事、育児、介護とオールラウンドで
お任せする
↑
介護やハンディキャップのある
世帯でのヘルパー雇用税は
減税されます
 
なによりシンガポールという
外貨を稼ぎにくる近隣諸国の
出稼ぎ労働者の多さ

シンガポールへ他国からの
働きに来る彼女たちの
心構えは
肝が据わっている人も多い
 
自国ヘルパーと出稼ぎでは
まったく強さが違う
 
前任国での雇用経験が
あったのが役立った
そうでなくては
トランスファーヘルパー
雇ったとしたら
扱いに困ったかもしれない

結果として合計13年
雇っていたけど
ヘルパー文化がない
私にとっては

ある一線を超えないよう
私なりのルールがあった

子供に関して言えば
「私のやるべく母業はお願いしない」

母だから掃除や
料理という事じゃなく
子供との距離の問題
「ここにはぜったいに立ち入らせない」

だんだん世の中を理解する
年頃の子育て上
重視したかったから

そして
「子供からお願い事はさせない」

私自身も子供の前で
お願い事をなるべく指示形で言わない

いつか日本に戻るであろう彼ら
主従関係というこの文化を
この年で身につけさせたくなかったから

彼らにとって
年の離れたお姉ちゃん
そういう位置づけが欲しかった

という意味で
わざわざフレッシャーを
呼び寄せた

とはいえ、
一緒に暮らす上で
仕事だから
Job Specは明確に

リスト化したり
キッチンのホワイトボードに
書いたりと
コミュニケーションは
はっきり

だけど要所では
誕生日や彼女の子供へ
ギフト代など
多くはないがケアをする

このあたりが日本人は
苦手かもしれない

1線引かないと
むしろ要求が高まるので
距離感は大切

これが私なりの長年続いた方法でした

フルタイムじゃない
介護や出産の産褥ヘルパーを
必要としてないから
こんな事が言えるし
お国事情もあるとは思います

産まれたときから
常に家族以外が家にいるのに
慣れている息子たち

次男にいたっては
「僕一人じゃ水槽は洗えない」
と不安そう😭

「これからはママが手伝う、お兄ちゃんは一人で習い事は行くから大丈夫」

と、今までのルーティーンは
早速変更が加えられ
お手伝いしてもらおう

これからは家族だけで
子供達も立派な戦力

もう8歳と10歳
ここまで誰かに手を貸してもらい
育てられた環境に
ある意味感謝🙏

今朝、夫も子供達も出掛け
helperもいない静けさよ

諸諸雑務は増えるけど
1人面倒を見る人が減るのは
荷がおりました

さ、倒れない程度にほどほどに
ついついやってしまう私の悪い癖
なくしていこう