子どものためなら動けるし
結局動いちゃうんだけど、
「なんで私ばっかり…」
って思うこと、
ありませんか?
こんにちは
いはら あき です。
人間関係のモヤモヤや
「なんで私はこうなんだろう?」
をひもとき、
自分を責めるクセから抜け出し、
自分らしさを受け入れていく
サポートをしています。
こびとづかんにハマっているのは
末っ子だけじゃなかった・・・。
昨日のお休み、
たまたま立ち寄った
おもちゃ屋さんで
こびとづかんのガチャガチャが
ありました。
もちろん、末っ子は
やる!!の一点張りだったので、
1回だけやりました。
家に帰って
嬉しそうに長女に見せたら、
「私が欲しかったやつだ」
「私も欲しい」
と言う。
このところの京都は
ずっと雨続きなんですよ。
仕事の合間に行くにも
雨の中だと
なんだか「わざわざ感」
しますよね〜。
め、め、め、めんどくさい!!
そう思いながら
隙間時間に車に乗る私。
「買いに行く時間ないから」と
頼まれたバスの定期券も、
せっかく行ったのに
休憩時間で買えへんやん…。
何やってんのやろ・・・
しかし、
子どもが喜ぶなら、と
動いている私。
そうやって動くくせに
ひとり時間が足りない・・・
一人旅に出たい・・・
なんて思う私。
小さなことから
いちいち
日々葛藤ですよね。
私の持つ数秘から見ると、
こういう自己犠牲的なところって
あまり見受けられないんです。
自分中心で動きたいし、
自分が納得したことしか
したくないし、
静かに、自分の好きな世界に
浸っていたいのに。
どうしてなのかな〜?
なんて思って
思考をぐるぐるさせてみると、
やっぱり、小さな頃の自分が
そうして欲しかったんだろうな
って思います。
親にそんなに
構ってもらえなかったと
感じている
小さな自分が
ずっといるんですね。
母はいつも忙しそうで、
私が何を考え、
何を感じて
何に悩み、
何を求めているか?なんて
知らなかっただろうなって
思うんです。
もっと見ていて欲しかったなぁ
もっと気づいて欲しかったなぁ
構って欲しかったなぁ
そんな思いがね、
大人になっても
幾つになっても
得られなかったものとして
残っているのでしょう。
それは親のせいだ
なんて、昔は
思っていたことも
ありましたが、
今は、
その残っている思いを
どうやって満たしてあげようか?
って考えます。
それが、今は
自分の子どもに
してあげることで
癒そうとしているのかも
しれません。
子どもの頃の経験は、
「もう終わったこと」と
思っていても、
心の奥では
今の自分の行動や選択に
影響を与えていることが
あります。
大人になった今、
意識しているわけではなくても、
ふとした場面で
自然と顔を出すことが
あるんですよね。
だからこそ、
「なんで私はこんな行動をするんだろう?」
「なんでこんなに気になるんだろう?」
と感じたときは、
自分を責めるのではなく、
心の奥にいる小さな自分に
聞いてみてほしいんです。
「本当は何が欲しかった?」
「どうしてほしかった?」
その声に気づけることが、
自分を満たしていく
第一歩になるのかもしれません。
無料メール講座・メールマガジンご登録はこちらから


