占いってお好きですか?
私は子どもの頃から占いが大好きでした。
まぁ、実家が粥占神事をするような神社なので、血筋なのかもしれません(笑)
で、私はもうじきお誕生日を迎えます。
太陽星座は乙女座。しかも、乙女座期間中ど真ん中の満月生まれ。
生粋の、乙女座オブ乙女座、乙女座の中の乙女座。
乙女座の特徴といえば、「几帳面」「完璧主義」「潔癖」「繊細」みたいな特徴があるとよく見受けます。
しかし、私は幼い頃から周りの大人(主に母親)に、「だらしがない」「雑」「ちゃんとしなさい」などと指摘され続けてきたわけで、乙女座の特徴を雑誌などで目にするたびに、
いやいや、当たってないっすけど。
と本気で思っていました。
こんなだらしがなく雑な人間が。と、自己評価も最悪。自分はそうなんだと信じて生きてきたわけです。
そんなある日、キッチンの写真をInstagramに掲載したところ、友人から「五徳周りがピカピカ!」とメッセージが来ました。
テーブルの上には平素ごちゃごちゃと物が置いてあり、それを見て自分はだらしがないんだと信じ切っていた私は、友人のその指摘にハッとしました。
キッチンは確かに、使ったら都度、可能な限りピカピカに磨くのが習慣になっていました。
机や床に物を散らかしているのも使っている間だけ、用が済んで使わなくなった物は所定の位置に戻すので、それほど家の中も悲惨なほど散らかっている訳ではないような気がしてきました。
職場でも、何気なく机の引き出しを開けた時、隣の席の女性に「こんなに引き出しの中が綺麗に整理されている人は初めて見ました」と言われたことがあり、小さなパーツが集まってくるほどに、「もしかして、私はそんなに思っているほどだらしがない訳でもないかもしれない。」と思い始めました。
そう思うとそんなパーツが集まるもので、私の場合、見える場所が雑然としていても、収納などの見えない場所は綺麗に整理する傾向があることに気がつきました。
食器棚の中は、同じお皿や似たような形と材質のお皿が綺麗に重ねてあり、スプーンとフォークも別々に材質ごとにまとめて置いています。
パソコンの中も、ファイルの種類ごとに綺麗に分類していたいタイプ。
本当は林檎より窓の方が性格には合っている(笑)
むしろ、細々と時間をかけて丁寧に分類するのが楽しいと感じています。
洗濯物も綺麗に畳んで同じ種類のもの同士並べて整えて収納することを、当たり前にやっていました。
本当に私は、自分が思っているほどだらしがないのだろうかと、思い始めてきました。
ここで、この「だらしない」の基準になっているのは母だと気がつきました。
私の母は乙女座ではないけれど、かなり潔癖な人でした。
家の中は常にピカピカで、母と同居している間家の中で埃を見たことは一度もありませんでした。
そして私は、どんなにお気に入りの服やぬいぐるみでも、少しでも汚れたりほつれたり母の気に入らないものだったりしたら、問答無用で留守中勝手に捨てられていました。
何万円も入っていた貯金箱すら、中に入っていたお金ごと捨てられたこともありました(!)
流石に貯金箱の時は謝ってくれましたが、そんな母に育てられるということは、「自分で片付ける機会」など持てないということ。
子どもの私が片付けようとするうんと手前の段階で母が全て片付けてしまう。捨てられてしまう。
そしてだらしがないと言い続けられていた私は、自分のことをだらしがないと思ってしまっても、それは仕方がないよなぁとようやくそう思うことができたのです。
この、勝手に自分の物が捨てられてしまう環境も、娘のために母は良かれと思ってそうしていたこともわかっているので、これが悲惨な環境だったなんて気付きもしていませんでしたし、私がだらしないせいで自分が悪いのだと思っていました。
いや、今思うと私、めちゃくちゃ結構可哀想じゃないですか。
今では、壊れたりほつれたりした服や靴は、可能な限り自分で修理して使い続けています。
先日も靴のバックルが壊れましたが、糸で縫うことで修繕できたのでまだまだ履き続けますし、布地は気に入っているけど形が使いづらいと思った服はリメイクして自分の気に入るデザインにして着続けます。
年季が入ったぬいぐるみも綺麗に手洗いして、ずっと大切にしています。
お気に入りのものをずっと手元に置いておけることが、どんなに嬉しくて幸せなことなのか。
これは、捨てられることが当たり前だったからこそ実感できるんだと思います。
そして、物を丁寧に補修して大切に使う性質は、乙女座の精神そのものなのかもしれないと思うのです。
