50代から人生を変える | 50歳から人生を美しく整えて再デザインする

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思考と感情と整える大人のレッスン

友達に送ったLINEに、なかなか返事がこなくて
「何か気に障ること言ったかな」
って心配になることありませんか?

こんにちは
人生リスタートコーチ あさこです

今日のテーマは
悩んだとき、「それは事実?それとも私の解釈?」


先日、私が友人とInstagramのDMでやり取りをしていたときのこと。
突然、その友人のアカウントが見つからなくなりました。

検索しても出てこない。
フォローリストを見ても見つからない。

「あれ?」

そして私の頭に浮かんだのが、

「もしかして、ブロックされた?」

でした。

そう思ったら今度は、
「私、何か気に障ること言ったかな」
「何かまずいこと書いた?」
と、いろいろ考え始める。

結構、気にしていました。

ところが、しばらくしてアカウントは見つかり、
本人とも連絡が取れたんです

聞いてみると、
「ブロックなんてしてないよ」
とのこと。

結局、原因はわからないけれど、

何かの不具合だったようです。


そこで改めて気づいたんですよね。

私があのとき実際に知っていた「事実」は、

友人のアカウントが見つからない。

それだけだったんです。

「ブロックされたのかも」
「私が何か気に障ることを言ったのかも」

これは全部、私の「解釈」

でも、その解釈に私はちゃんと悩んでいました💦

こういうことって、意外と日常の中にあるんじゃないでしょうか。
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何かが起きたとき、
私たちは目の前の事実だけを見ているようで、
そこに自分なりの意味をつけています。

しかも、その意味づけは瞬時にしてしまう

過去の経験や、その人との関係、自分の思い込み。
いろいろなものが混ざって、あっという間に、
「きっとこうだ」
というストーリーができあがるんですよね。

そして、そのストーリーを事実だと思ってしまうと、
不安になったり、落ち込んだり、
相手に腹を立てたりすることもある。

だから最近、
何かにモヤモヤしたり悩んだりしたときに、
意識して自分に聞くようにしています。

「それは事実?
それとも私の解釈?」

たとえば今回なら、

「アカウントが見つからない」は事実。

「ブロックされた」は解釈。

こうして分けてみると、

「あ、私、まだわからないことを勝手に決めてるな」

と気づけます。

もちろん、解釈すること自体が悪いわけではありません。
50年以上生きていれば、いろいろな経験をしています。
その経験があるからこそ、
「たぶんこうだろう」と考えることもできるし、
それに助けられることもあります。

でも、経験があるからこそ、

「きっと今回もこう」
「あの人はこう思っているはず」
「どうせこうなる」

と、まだ起きていないことまで決めてしまうこともある。

そんなときは、一度だけ立ち止まって、
「実際に起きたことは何?」
と考えてみる。

そして、
「そこに私は、どんな意味をつけている?」
と分けてみる。

それだけで、頭の中で大きくなっていた悩みが、
少し小さくなることがあります。

事実そのものに向き合わなければならないことも、もちろんあります。

でも、自分でつけた解釈まで「事実」として抱え込まなくていい。

今回のInstagramの一件は、私にとってそれを改めて実感する出来事でした。

事実はひとつでも、解釈はひとつとは限らない。

悩んだときほど、

「それは事実?
それとも私の解釈?」

と、自分に聞いてみる。

それだけで、今まで見えていなかった
別の見方が見つかることもあると思います。
 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。


 

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