もうすぐ父の日ですね。
この時期になると、街の中にもネットの中にも
「お父さん、ありがとう」
「父の日の贈り物」
「感謝を伝えよう」
という言葉が増えてきます。
それを見て、あたたかい気持ちになる人もいると思います。
でも、反対に
胸の奥が少しザワッとする人もいるのではないでしょうか。
父の日を素直に喜べない。
「ありがとう」と言えない。
感謝しなきゃと思うほど、心が重くなる。
そんな人も、きっといると思うのです。
私も、どちらかというとそのタイプです。
私の父は、ひと言でいうと
「俺様がイチバン」
というタイプの人でした。
家の中では、父の機嫌がとても大事。
父が怒らないように。
父の気分を損ねないように。
父の前では余計なことを言わないように。
そんなふうに、子どもながらに空気を読んでいました。
「女子どもは黙っていろ」
そんな空気もありました。
もちろん、父にも良いところはありました。
守ってくれたこともありました。
頼りになることもありました。
父なりの愛情もあったのかもしれません。
でも、家族を本当に大切にしてくれたかというと、
私は今でも素直に「はい」とは言えません。
父は外に女性をつくり、
その人との間に子どもまでできました。
そして、母とは離婚しました。
子どもだった私には、
とても大きな出来事でした。
大人になった今なら、
夫婦には夫婦にしかわからない事情があることもわかります。
人は、そんなに単純ではないこともわかります。
それでも、子どもの心に残るものはあります。
どうして家族を守ってくれなかったんだろう。
どうしてお母さんを悲しませたんだろう。
どうして私たちは後回しだったんだろう。
そんな思いは、
時間がたったからといって、きれいに消えるものではありません。
親は選べません。
どんな家に生まれるか。
どんな親に育てられるか。
どんな言葉をかけられて大きくなるか。
子どもには選べません。
そして、子どもの頃の家庭の空気は、
大人になってからの自己肯定感にも影響します。
いつも父の顔色をうかがっていた子は、
大人になってからも人の機嫌を優先しやすくなります。
言いたいことを飲み込んできた子は、
自分の気持ちを後回しにしやすくなります。
否定されることが多かった子は、
「どうせ私なんて」と思いやすくなります。
自己肯定感が低いのは、
その人が弱いからではありません。
自分を大切にする感覚を、
育ててもらう機会が少なかっただけかもしれないのです。
だから、父の日が苦しい人は、
自分を責めなくていいと思います。
感謝できないから冷たいわけではありません。
親を好きになれないから、親不孝なわけでもありません。
ただ、心の中に
まだ整理しきれていない思いがあるだけなのだと思います。
そんなことを考えていると、
ふと思うことがあります。
もし親を選べたなら。
もちろん、そんなことはできません。
わかっています。
でも、もし本当に選べるなら、
私はマンガ『ONE PIECE』のジンベエみたいなお父さんがよかったな、と思うのです。
ジンベエは、強い人です。
でも、その強さは
相手を怖がらせる強さではありません。
大きな声で黙らせる強さでもありません。
自分の正しさを押しつける強さでもありません。
相手の痛みを受け止める強さ。
大切な人を守る強さ。
相手が立ち上がるまで待てる強さ。
そういう強さを持っている人だと思います。
私は、そういう安心感がほしかったのだと思います。
もしジンベエがお父さんだったら、
家の中の空気はきっと違ったと思います。

父の顔色をうかがわなくてもいい。
大きな声にビクッとしなくてもいい。
自分の意見を言っても、
「黙っていろ」と切り捨てられない。
失敗しても、
頭ごなしに責められない。
泣いていても、
「泣くな」と怒られるのではなく、
ただそばにいてくれそうな気がします。
そして、困った時には、
ちゃんと家族の前に立って守ってくれそうな気がします。
それは、子どもの自己肯定感にとって、
とても大切なことだと思うのです。
「私は守られる存在なんだ」
「私はここにいていいんだ」
「私の気持ちは聞いてもらえるんだ」
そう思える環境で育つことができたら、
自己肯定感はもっと自然に育っていたのかもしれません。
もちろん、ジンベエはマンガの登場人物です。
現実の父親と比べても仕方がない。
それはわかっています。
でも、物語の中の人物に、
現実では得られなかったものを見つけて、
心が救われることがあります。
ジンベエのようなお父さんがほしかった。
そう思うのは、
いつまでも過去にこだわっているからではありません。
私の中に、
本当は安心したかった子どもの私がいるからだと思います。
「大丈夫じゃ」
「お前はお前でいい」
「最後はわしが受け止める」
そんなふうに、
どっしり構えてくれる存在がほしかったのです。
ジンベエの声優さんは、
宝亀克寿さん。
あの深くて、あたたかい声で応援されたら、
「もうひと頑張りしてみよう」
と思えそうです。
落ち込んでいる時に、
正論で励まされると、かえって苦しくなることがあります。
「もっと強くなれ」
「気にしすぎだ」
「いつまでも落ち込むな」
そんな言葉よりも、
まずは痛みをわかってほしい。
そう感じることがあります。
ジンベエなら、
きっと無理やり立たせようとはしないと思うのです。
こちらの痛みを見て、
静かに受け止めて、
立ち上がる力が戻るまで待ってくれそうな気がします。
父の日がつらい人は、
実は少なくないと思います。
父に感謝できない自分を責めている人。
父を嫌いだと思う自分に罪悪感がある人。
父との関係を思い出すと、心がザワザワする人。
「親なんだから感謝しなさい」
と言われるたびに苦しくなる人。
そんな人に伝えたいです。
無理に感謝しなくていいと思います。
父の日だからといって、
きれいな気持ちにならなくてもいい。
「ありがとう」と思えないなら、
今は思えなくていい。
「許さなきゃ」と思って苦しいなら、
今は許せなくてもいい。
傷ついたことは、傷ついたこと。
悲しかったことは、悲しかったこと。
さみしかったことは、さみしかったこと。
それをなかったことにしなくていいのです。
自己肯定感を高めるというのは、
いつも前向きになることではありません。
自分の本音を否定しないこと。
つらかった自分を責めないこと。
本当はほしかったものに気づくこと。
それも、自己肯定感を育て直す大切な一歩です。
親は選べません。
でも、これからどんな人とつながるかは選べます。
どんな言葉を自分にかけるかも選べます。
どんな人のそばで生きるかも選べます。
父からもらえなかった安心感を、
これからの人生の中で少しずつ取り戻していくことはできます。
ジンベエのように、
人を責めずに受け止めてくれる人。
ジンベエのように、
安心感で包んでくれる人。
ジンベエのように、
大切な人をちゃんと大切にできる人。
そういう人との関係の中で、
自己肯定感は少しずつ育ち直していきます。
そして、自分自身もまた、
誰かにとって安心できる存在になっていけるのだと思います。
父の日が近づくと、
私は今でも思います。
ジンベエがお父さんだったらよかったな、と。
でも同時に、
こうも思うようになりました。
ジンベエのような安心感を、
これからの人生で選んでいけばいい。
親は選べなかった。
でも、これからの人間関係は選べる。
自分の生き方は選べる。
自分にかける言葉は選べる。
父の日を、
無理に美しい日にしなくていい。
胸が痛む日でもいい。
昔の自分を抱きしめる日でもいい。
「私はよく頑張ってきた」と認める日でもいい。
もし心の中に、
「本当は守ってほしかった」
という声があるなら、
今日はその声を否定しないであげてください。
その声は、わがままではありません。
あなたが本当にほしかった愛の形です。
そして、その本音を認めることから、
自己肯定感は少しずつ育ち直していくのだと思います。
親は選べなかった。
でも、これからの人生は選べる。
私はこれから、
ジンベエのような安心感を、
自分の人生の中に少しずつ増やしていきたいと思っています。
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心理カウンセラー・講師
リコネクトアカデミー主宰
宮岡真由美


