こんにちは^_^


最高気温27℃


昨日よりも気温が上がりました


空は曇り空


金木犀の香りが漂ってます


我が家の金木犀も


良い香りです



私の勝手な勘違いで

今年は金木犀を楽しむことできなかったと


残念な思いで過ごしてきましたが


勘違いで良かった‼️


今年もまた

この香りに出会えました^_^




さてさて


一昨日 宮地さんと出かけた

「カフェおきもと」



食事を楽しんだ後は



敷地内の和館で


開催されていたイベントに


興味を惹かれ


そちらに


足がむきました









歌人萩原慎一郎さんの


歌集


「滑走路」の

紹介や展示会が開催されてました







ご本人の弟さんが


その場に居られて

歌集の説明をしてくださいました



私は萩原慎一郎さんのことも


映画化されたことも知りませんでした


もともと短歌や俳句などにも


無知な私です


短歌や俳句,


17文字や31文字を使って


想いを伝える


日本古来からの


詩歌ですね


季語が入るのが俳句


季語に捉われず


想いを伝えるのが短歌


これくらいの知識の私


部屋に入り


その句がかけられている場所に立ち


その句から


放たれているものが


心に迫るものだと直感しました


何も知らない


どんな生き方をされた人かもしれないのに



その歌から聞こえてくるものが


魂の叫びだと言うことが

わかりました

「今日という日を懸命に生きてゆく蟻であっても僕であっても」



「ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる」

写真はあまり撮れませんでした



「消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなっていくのだ」



「屋上で珈琲を飲む かろうじておれにも職がある現在は」



歌集「滑走路」


「きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい」


「非正規の友よ,負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている」


「われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を」


いじめ,非正規雇用,恋・・・・・・32歳という若さで命を断ち,遺作となった唯一の歌集は、若い世代が抱える不安や葛藤,希望を求める姿を描き、多くの共感を集めた。

異例のベストセラーとなった歌集

萩原慎一郎さんの遺作の解説を


又吉直樹さんが書かれてます

「やさしさに充ちた非凡な感性」

295首の短歌が収められた「滑走路」


帰宅して一気に読んでしまいました


ここからは


思いつくままに


彼の句を書いていきます


どうぞお読みください




「抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ」


「破滅するその時にさえ美はあるぞ たとえば太陽が沈むその前」


「家にいるだけではだめだ ぼくたちは芭蕉のように旅人になれ」


「プラトンは偉大で ぼくは平凡だ プラトンの書を読みつつ思う」



「きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい」



「草をかき分けてゆくごと文章を書いてゆくのだ 乗り越えるため」



「もう少し待ってみようか曇天が過ぎ去ってゆく時を信じて」



「空だって泣きたいときもあるだろう葡萄のような大粒の雨」


「思いつくたびに紙片に書きつける言葉よ羽化の直前であれ」



「プロ野球選手になれず月の夜に歌人になりたいと思う窓辺に」



「ひとの数だけ歌がある不思議かな たった三十一文字なのに」


「これというものみつからず苦しみし十七歳は歌に出逢いき」


「遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから」


「なんらかに日々影響を受けながらゆくよ 例えばボードレールに」



「歌作とはこころの森に棲む鳥の声音に耳を澄ますことなり」


「箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる」


「サンタクロースあなたにぼくは逢いたくて逢えず大人になってしまった」


「東京大空襲走って生きた祖父がいてぼくのいのちがここにあるのだ」


「癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ」


「研修中」だったあなたが「店員」になって真剣なまなざしがいい


「牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ」


「靴ひもを結び直しているときに春の匂いが横を過ぎゆく」


「何か必死に探す事 格好悪いことじゃないんだ。暁の方へ」


「まだ蒼い僕の言葉が完熟のトマトみたいになればいいのに」


「深海にある折畳傘を取り出すために手を鞄の底へ」

「折畳傘取り出して「ほら翼広げてごらん」って花になる」



「空を飛ぶための翼になるはずさ ぼくの愛する三十一文字が」



「いきいきと躍動するこのこころ伝えるための口語短歌だ」


「


「われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を」


「悲しみ」とただ一語にて表現のできぬ感情抱いているのだ」


「理解者はひとりかふたり でも理解者がいたことはしあわせだった」



「生きているというより生き抜いている こころに雨の記憶を抱いて」



「日常のふとしたことを起点としほくは考える葦となるのだ」


「まだ知らぬ僕に会うためノックしてこころの扉開けてゆくのだ」


「こころのなかにある跳び箱を少年の日のように助走して超えてゆけ」


「生きているからこそうたうのだとおもう 地球という大きな舞台の上で」


「ヴェルレーヌの詩句に救われたるこころ 部屋にひとりでいる真夜中に」


「ポケットに手を入れながら待っている フランス行きの空飛ぶバスを」










2017年に32歳という若さで


人生の幕を閉じた萩原慎一郎さん



京都で生まれ


東京で4歳まで暮らし


父親の転勤で香港へ


その後小平市に住み


中高一貫校へ


この頃から


イジメにあい



イジメは長く続いたよう



短歌に出会うことで



生きる希望を見出した彼



急逝するまでの



短歌集



「滑走路」からの



抜粋でした



お読みいただき



ありがとうございました。 





さてさて



「カフェおきもと」を後にして



宮地さんと私は



神代植物園へと向かいました



その話はまた。