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皆さま、おばんです!

 

まずは毎度のご報告から。

一昨日UPしたブログが今日のアメトピに掲載されました。

運営さん、今回もありがとうございます!

プラレールの駅とおもちゃの電車

 

こちらの記事でした。

一度と言わず二度三度とチェックくださいね。

 

 

自分の知人が、民家を解体する際に発生する、

主に書籍関係の廃品を回収する仕事をしてました。

その知人、自分が鉄道好きなことを知ってて

鉄道にまつわるモノが出てきた時に持ってきてくれるのですが、

先日は古い鉄道地図が現れまして…

地図は3通で日付は大正13年と昭和9年、昭和14年、

いずれも戦前に発行されたモノでした。

所有者のお父さん?御祖父さん?が国鉄職員で

荷物整理の際に出てきた地図でしたが

所有者は捨てる気満々だったらしく。

廃棄の直前に発見し

所有者の許可を得て回収したとのことです。

 

そこで年末にブログにUPした高徳線・池谷駅付近を

それそれの地図で確認したところ、

不思議な表記を見つけたのですよ。

 

まずは大正13年発行の地図をご覧ください。

こちらには件の不思議な表記はありませんので

念のために言っておきますね。

見づらいかもしれませんが

中央よりやや左側に池谷駅が記載されてます。

古い鉄道地図、阿波電気鉄道線とJR線

この頃はまだ高徳線は未開通で

池谷駅は撫養駅‐古川駅間を結ぶ阿波電気鉄道線の

中間駅でした。

また池谷駅と鍛冶屋原駅を結ぶ区間は大正12年に開通したばかりで

中間駅が未調査なのか記載がありません。

 

古川駅とか鍛冶屋原駅とか、

現存しない駅の話をすると頭の中がチンプンカンプンになるので

グーグルマップに阿波電気鉄道の線路を載せてみました。

緑線が阿波電気鉄道線、赤線が現在のJR線でしたよ。

阿波電気鉄道線とJR線分岐地図

 

板野駅と鍛冶屋原駅を結ぶ区間は

昭和10年に国有化され国鉄鍛冶屋原線になりましたが

昭和47年に廃止されてます。

鍛冶屋原線の廃線(廃駅)跡を過去に周ってますので

こちらのブログをチェック頂けると嬉しいです。

 

また昭和10年に高徳線が全線開通した際に廃止された

吉成駅‐古川駅間については

吉成駅の訪問記でちょびっとだけ触れてます。

高徳線・吉成駅

 

こちらもチェック頂けるとありがたいです。

 

さてさて、問題の不思議な表記でしたが

昭和9年発行の地図に記載がありました。

じっくりとご覧ください。

どこがおかしいかわかりますかね?

昭和初期の古地図 路線図

開通が予定されてる路線が破線で書き込まれてましたが、

昭和10年に開通する高徳線が池谷駅経由ではなく

現在の鳴門線・撫養駅経由で描かれているのですよ。

元々撫養駅を経由して高徳線を敷く計画があったのか、

それとも単なる地図の誤記なのかがナゾでして…

 

この地図の下の方を見ると

昭和11年に国有化されて牟岐線に変わる阿南鉄道が描かれてます。

地図に古庄駅から南に伸びる計画線が描かれてますが、

実際には羽ノ浦駅から国鉄線が敷設されました。

羽ノ浦駅‐古庄駅間は昭和11年に国有化されると同時に

貨物線(古庄支線)に変更。

昭和36年に廃止されてます。

牟岐線古庄支線・古庄駅

 

古庄支線の廃線跡めぐりもチェックくださいませ。

 

古庄支線については

大正11年に制定された鉄道計画の中に

古庄駅を経由して鉄道を延伸する計画が載ってたらしく。

もし地図に描かれた、高徳線が撫養駅を経由するルートが

過去の鉄道計画に基づいて描かれたとしたら

満更誤記とは言い切れないですよね。

 

以上、池谷駅についての小ネタでしたが

この件は今後も調べたいと思います。

どこかに大正時代の鉄道計画が載ってる書籍が

ありますかね?

 

 

 

 

 

高徳線の駅めぐり

 

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