皆さま、こんにちは!
今日は先週訪れたばかりの平成筑豊鉄道田川線から
令和コスタ行橋(れいわこすたゆくはし)駅の訪問記です。
令和コスタ行橋駅は商業施設「コスタ行橋」の最寄り駅として、
令和元年8月に開業した駅でした。
駅名は「コスタ行橋駅」でも良さそうな気がしますが、
令和の時代に入り、国内で最初に開業した駅であることから
「令和」を冠したそうですよ。
「平成」から「令和」に改元された今から7年前、
豊肥本線・平成駅に大勢の鉄道ファンが集ったことが
記憶に新しいですが、
次に改元される際はここが賑わうのでしょうね。
現時点で駅名に「令和」が付く唯一の駅だそうです。
その「コスタ行橋」までは駅から徒歩30秒で着けますよ。
駅チカの踏切から西側に向きを変えて見えるのが
「コスタ行橋」だそうな。
ドンキやニトリ、ダイソーにケーズデンキ等々…
ここには人気の店舗がいっぱい並んでましたっけ。
自分が令和コスタ行橋駅に降り立ったのは午前8時で
「コスタ行橋」の営業開始時刻の午前9時よりも早かったですが、
そこそこの数の降車客がいらっしゃいました。
ここの従業員さんも駅を利用されてるのでしょう。
そんな令和コスタ行橋駅でしたが
駅の造りがとてもオシャレでした。
それもそのはずで、
JR九州の駅や車両でお馴染みの
水戸岡鋭治先生率いるドーンデザイン研究所の監修により
設計されたとのこと。
UD(ユニバーサルデザイン)フォントで画かれた駅名標を見て
ビビッとこられた方は大正解です。
こちらの意識高い系なアーチを潜り抜けると…
とても無人駅とは思えぬ小洒落たホームが現れました。
オシャレな壁よりも屋根を付けてくれとか言っちゃダメ!
これがドーンデザインですから。
ホーム中央に屋根付きの待合所があるのですけど
ここもオシャレな空間過ぎて
先客の女性と同室することが出来ませんでした。
自分こう見えても相手に気を遣う性格ですのよ。
さてさて、ここからはマニアな話に変わります。
平成筑豊鉄道今川線は
行橋駅から日豊本線としばらく並走し、
今川の鉄橋を渡った辺りから分離します。
グーグルマップで見るとこんな感じでした。
ここで2線が分岐している付近をズームアップして見ると
廃線跡らしき道床があるのですよ。
黄線で示した辺りがナゾな道床(廃線跡)でした。
皆さん、この道床の正体がわかりますかね?
行橋駅を発車した田川線の列車の先頭部からも
この道床を眺めてみました。
高架駅の行橋駅を出てからしばらくは
単線の田川線、複線の日豊本線の計3線が並走します。
やがて今川の鉄橋を渡ると
件の道床(廃線跡)が姿を現します。
この道床(線路の左側に見える空地)は
令和コスタ行橋駅付近まで続いてましたよ。
この道床の正体を知るヒントですが、
令和コスタ行橋駅のすぐ近くに潜んでました。
踏切のそばにプレートガーター橋が架けられてますが
貼られた銘板に注目ください。
銘板に1966年(昭和41年)に竣工したことを記す年号が
打たれているのがわかりますよね。
田川線は明治28年に開通してますけど、
鉄橋自体は昭和41年に架け替えられてるワケでして…
昭和41年になにがあったの?
以下はあくまでも個人的な憶測ですが…
日豊本線の行橋駅より南の区間は昭和41年に複線化。
それまで田川線で使われていた今川橋梁は
これを機に日豊本線の上り線用に転用されました。
田川線には新たな今川橋梁が架けられましたが
橋の位置が以前と違うために
そのままでは田川線の線路と繋ぐことができません。
そこで今川橋梁から令和コスタ行橋駅付近までの区間を
新線に切り替えたのではないかと。
件の道床は昭和41年まで使われいた田川線の旧線のモノ。
令和コスタ行橋駅から見える黄線付近の空地が
旧線の廃線跡だと思いますよ。
新旧線の位置関係はこんな感じで間違いないでしょう。
以上の憶測が正しければ、
令和コスタ行橋駅は駅名に「令和」を冠しているのに
ホームから明治時代の廃線跡が見れるツウ好みな駅なワケでして…
令和コスタ行橋駅、めっちゃ面白いと思いません?
平成筑豊鉄道の令和コスタ行橋駅で見られる明治時代の遺構…
元号がごちゃごちゃして頭の中がこんがらがりそうです。
行橋駅
令和コスタ行橋駅(令和7年11月7日)
美夜古泉駅
豊津駅
新豊津駅
東犀川三四郎駅
犀川駅
崎山駅
源じいの森駅
油須原駅
赤駅
内田駅
柿下温泉口駅
勾金駅
上伊田駅
田川伊田駅
↓(平成筑豊鉄道伊田線)
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