皆さま、おはようございます!
前回に引き続き、
旧・国鉄白棚(はくほう)線の駅跡の訪問記です。
前回のブログもチェックくださいませ。
今回はその4回目。
古関停留所(旧古関駅)から1.4キロ東方にある
番沢(ばんさわ)駅跡でした。
番沢駅跡は現在の番沢停留場(バス停留場)の位置に
あったとのこと。
グーグルマップを見ながら事前に場所を確認しました。
鉄道時代はここに駅があったということですね。
ところが同じ場所の古い航空写真を見ると、
駅跡らしき施設は確認出来なかったのです。
下は国土地理院のサイトに掲載されてる
昭和22年撮影の航空写真ですが
番沢駅跡が写っているのがわかりますかね?
正解はここでした。
確かに敷地らしきモノが白く写ってますけど、
それまで見てきた駅跡にあったホーム跡や
待合所らしきブツは確認できません。
そこで航空写真を何度も何度も見返すと、
ある箇所に気づきまして…
まさかとは思いますが、写真の右に写るコレ、
鉄道時代の番沢駅じゃないです?
番沢駅はガソリンカー専用の停留場として昭和4年に開業。
昭和19年に不要不急の指定を受けて休止後、
昭和32年に復活したそうですけど、
復活の際。待合所は元々あった位置から
移設された可能性があるんじゃないでしょうかね?
バス専用道付近で除草作業をされてる
地元のオジサマがいらっしゃいましたので、
番沢駅(停留場)のことを聞いてみました。
番沢停留場は鉄道時代の施設が残る
唯一のバス停留場であることはご存知でしたが、
それ以外の情報は
持ち合わせていないご様子でして…
番沢駅が現役だったのは今から80年も前ですから
仕方ありません。
オジサマが除草されてる付近の
バス専用道を撮りました。
一般車の進入禁止を知られる看板は
①国鉄の文字入り ②国鉄→JRバス関東に改めたもの
③JRバス関東仕様のもの、の3タイプが存在してるようです。
こちらは一番有名な「国鉄」入りのモノでした。
「一般の人車馬は通行できません」の一文が
マニア心に火を付けますね。
その後はオジサマに場所を教えてもらい、
番沢停留場に辿り着けましたぜ☆
おおおっ!
コレがウワサの鉄道時代からある待合所ですか。
ちなみに対面側にある待合所は
昭和32年にバス専用道が整備された際に設けられた、
白棚線内ではよく見かけるタイプです。
最近は上のタイプも建て替えが始まっているので
貴重ではありますけど、
やはり、鉄道時代から使われているこちらが
気になりましたよ。
この待合所、支柱にはレールが用いられてます。
白棚線のレールが今でも見ることが出来るの、
何気にスゴイと思いません?
おそらくは鉄道時代に使われていた蛍光灯掛けが
そのままの姿で残されてました。
ベンチは木製ですけど、
地面にベンチを撤去した形跡があるので
オリジナル品ではない可能性が大です。
白棚線の待合所はナンバリングされてた時代が
あったのでしょうか?
屋根に「16」の番号を消した痕跡がありましたよ。
タイミングよく
白河駅方面行きのバスが到着しました。
この日は2区間ある線路跡を転用したバス専用道のうち、
磐城棚倉駅側の区間が廃止される直前のラストデーでした。
沿線やバスの車内で大勢のファンの姿を見かけました。
白棚鉄道時代からここに番沢駅があったとすれば、
ホームはこんな感じだったと思いますけど…
待合所の袂に見える基礎はコンクリート製で新しめですし、
昔の番沢駅は現在地よりも
やや東側にあった説を解いてみました。
(あくまでも個人的な推測です)
鉄道時代に番沢駅があった位置のままでは
バスの行き違いが出来ないので移設した説、
案外ありえそうだと思いません?
次回のブログもチェックくださいませ。
旧国鉄白棚線の線路跡を転用したジェイアールバス関東白棚線の駅跡めぐり
番沢駅跡(令和6年6月30日)
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