皆さま、こんにちは!
今日はちょいと変わった場所に
ホームがある駅の訪問記です。
こんな駅は、曰くのある歴史を持つケースが
多いのですよね。
調べると思わぬ発見があるかも!?
鹿児島本線・
木場茶屋(こばんちゃや)駅の訪問記です。
難読駅名を持つ駅としても知られている木場茶屋駅。
「木場茶屋」はこの辺り一帯の地名ですが、
地名が誕生した昭和15年よりも
駅の開業年(大正2年)の方が古く、
駅名が地名に転じた稀なケースのようです。
そんな木場茶屋駅、
古い歴史を持つ駅なので
集落のど真ん中にあるのかと思いきや、
駅の周辺に民家はなし。
国道越しにでっかなたこ焼き屋さんがあるだけでした。
それにしてもインパクトが強いお店だこと。
このお店さんを調べたところ、
「大阪」と書かれているのにも関わらず
九州にしか店舗がないことに
度肝を抜かされましたわ。
それと駅のお隣には日産の部販さんもありました。
駅前にある部販さんは
全国中を探してもここだけじゃないでしょうかね?
部販さんはディーラー街にあるのが通例ですけど…
中古車を扱う仕事をしている身として、
この場所にお店を構えた理由をぜひ知りたい!
辺りに民家がない木場茶屋駅。
駅の利用者数が気になりますが、
予想通り、鹿児島本線の鹿児島エリア内では
もっとも利用者数が少ない駅だそうですよ。
そうなると気になるのが、
この場所に駅を設けた理由です。
この件は最後に触れますね。
それでは構内を覗いてみましょう。
階段を上がった先に
九州内でよく見かける仕様の簡易駅舎がありました。
建物財産標によれば
駅舎の竣工年は昭和53年とのこと。
それ以前は有人駅時代から使われていた木造駅舎が
鎮座していたすですよ。
跨線橋を渡った先にホームがあります。
木場茶屋駅のホーム全景なり。
島式ホーム1面2線構造でした。
鹿児島本線は木場茶屋駅より北の区間が単線で
この先、南側が複線に変わります。
南側の複線化は昭和43年に完成しましたが、
それまでは、列車を行き違いさせるための堅山信号場が
存在していたそうですよ。
さてさて、
上の画像にもちょろっと写り込んでますけど
島式ホームの西側、国道寄りに
今は使われていない貨物ホームがあります。
画像の左側に見えるホームがソレですが、
旅客ホームからえらく離れている理由が
気になりまして…
このホームはどんな用途で使われていたのでしょう?
そこで見たのが国土地理院のサイトに掲載されてる
昭和22年撮影の航空写真です。
ナゾなホームがある位置(赤い矢印の先)に注目。
奇妙な折れ方をしている建物が写っているのが見えますかね?
それと、建物の折れた先を見ると
橋脚やら伐採された樹々やらも写ってます。
これってひょっとすると、
索道(ロープウェイ)ではないでしょうか?
今度は上の画像を引きで見てみました。
索道だとすると、この辺りから伸びてるような?
このブツの正体は一体…?
以下はあくまでも個人的な憶測です。
木場茶屋駅では昭和36年に廃止されるまで
貨物の取り扱いがありました。
古い書籍の記事によれば、
木場茶屋駅では串木野金山から産出された
鉱物の輸送があったとか。
ここに写る索道はそのための施設ではないでしょうか?
辺りに民家がないこの地に駅が設けられたのも、
これらの貨物輸送のための駅だからじゃ
ないでしょうかね?
駅の南方には観光スポットにもなっている
薩摩金山蔵(串木野鉱山の保存施設)がありますけど、
木場茶屋駅の構内にあったこれら施設も
鉱山絡みのモノだと推測した次第です。
貨物ホームは施設の奥に敷かれていたモノ。
施設自体はホーム間の空き地にあったのではないでしょうか?
最後は構内を通過中の貨物列車の画像で〆ます。
いろんな憶測を立てけど、
施設についてご存知の方がいらっしゃいましたら
お知らせくださいませ。
戦前、ここで何が行われていたのでしょ?
隈之城駅
木場茶屋駅(平成29年4月12日)
串木野駅
神村学園前駅
市来駅
湯之元駅
東市来駅
伊集院駅
鹿児島中央駅
鹿児島駅
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