皆さま、おはようございます!
終戦記念日が近づいてきましたね。
自分は航空写真が好きで、
国土地理院のサイトで公開している過去の写真を
毎日眺めてましたが、
原爆が投下された2日後の昭和20年8月8日に
米軍によって撮影された、
広島市内の写真が公開されてるのに気づきました。
市内の惨状は凄まじい状況ですが、
そんな中、市内の芸備線では
煙を上げて走る蒸気機関車牽引の列車が写っていて
鉄道の力強さを感じてました。
こちらは同じ日に撮影された、
現在は広島市東区にある芸備線・戸坂駅周辺の写真。
ここは爆心地から5キロほど離れているため、
都市部と比べると被害は少なかったようです。
当時と比べると、
駅の周辺は住宅地に変わり
駅に繋がる道路も整備されて環境は一変しましたが、
そんな芸備線・戸坂(へさか)駅に
先月初旬に様子を眺めてきました。
まずは戸坂駅の歴史をチェックします。
戸坂駅は大正5年、
芸備線の前身である芸備鉄道の手により開業した停留場で、
昭和12年に国有化された際に駅に変わりました。
昭和53年に現在の駅舎に建て替えされるまで、
古い木造駅舎があったみたいですね。
今ある駅舎は上深川駅と似た造りの
出札窓口がない無人駅仕様です。
ただし、戸坂駅はICカード対応の自動改札機があるので
都会度が抜群に上がった印象でしたっけ。
今の駅舎に変わってからも
簡易委託駅として切符が売られていたようですけど、
こちらの駅前商店さんで販売してたのでしょうか?
駅は小高い丘陵地に設けられたため、
坂道を上がった先にありました。
振り返るとこんな感じです。
結構急な感じですよね。
周辺はベッドタウンと化したために駅の利用者は多く、
チャリ置き場も階下は満杯でした。
国鉄時代は1日14往復の列車が停車してたのに対し
現在は41.5往復の列車が停まるのですから、
鉄道を利用したくなる気持ち、よくわかります。
そんな駅だから駅便(駅の便所)も完備。
駅舎と同様に昭和53年に建てられたモノでした。
列車の運行情報端末も設置されてるし、
最先端な装置に囲まれた印象の戸坂駅でしたよ。
…車両が国鉄型のキハ40だったってことを除けばですが。
戸坂駅は停留場として開業した経緯もあり、
現在も単式ホームがあるだけの駅でした。
汽車時代の名残りだと思いますがホームは長く、
延長された箇所はカーブに掛かってます。
今でこそ編成の最長はキハ40系×6両ですが、
10年前まで8両編成が存在してたって言うんですからスゴイ!
見たかったですよ。
構内を眺めてると、キハ47の普通列車が到着しました。
列車はワンマン運転のために
この車両はドアが開きませんが、
国鉄時代は、このホームの段差が当たり前でしたよね。
短足な自分は子供の頃に苦労したもんなぁ。
最後はキハ47を見送って〆ます。
こうして駅巡りがのんびりと楽しめる
平和な毎日って素晴らしいですよね。
編成の長さはもちろんですが、
自分が小学生だった頃に誕生したキハ40が
今でも元気で活躍している現実もスゴイです。
そんな芸備線に惚れちゃいました。
長崎ですけど地図好きなら必読ですよ。
↑(備中神代駅方面)
備後落合駅
塩町駅
西三次駅
志和地駅
上川立駅
甲立駅
吉田口駅
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井原市駅
志和口駅
白木山駅
狩留家駅
中深川駅
下深川駅
玖村駅
安芸矢口駅
戸坂駅(令和3年7月4日)
矢賀駅
↓(広島駅方面)
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