皆さま、こんにちは!
地元ネタになりますが、
4月末に駅舎の建て替えがプレス発表された東北本線・品井沼駅、
ついに仮駅舎が姿を現したみたいです。
となると古い木造駅舎は間もなく消滅するわけで…
後悔しないよう早めに再訪しなくちゃ。
品井沼駅は昭和7年に開設した駅で、
駅舎もその当時から使われてるモノだそうですよ。
五能線や陸羽東線でも駅舎の改築が進められてる駅があるっていうし、
JR東日本エリアで古風な駅舎は見納めなのかもしれませんね。
そんでもって、今回ブログにUPするのは
奥羽本線・羽後飯塚(うごいいづか)駅です。
羽後飯塚駅は昭和2年に開設された、
こちらも開業当時から使われてる駅舎が残る駅でした。
実は自分がここを訪れたのは今から5年前のことで、
地元の仲間とドライブを楽しんでた最中に訪れたのです。
友だちをクルマに待たせていたので、
写真は次回に来た時にゆっくり撮ろうと考え、
この日は撮影をちゃちゃっと済ませて戻ってきたのですが、
「次の機会」は永遠に訪れることはなく…
木造駅舎は訪問日の2年後である平成28年に解体。
現在は広い待合室を持つオシャレな駅舎に代わったどうです。
古い木造駅舎はいつまでもあると思っちゃいけませんね。
今から言っても仕方がないのですが
こんなんだったら写真を入念に撮っておくべきでしたわ。
今回はその時の写真をUPしますよ。
国鉄時代は奥羽本線沿いのほとんどの駅で
このデッカな駅名標が掲げられてましたが、
最近はすっかり見れなくなりましたね。
駅舎に貼られていた建物財産票です。
羽後飯塚駅の開業年(昭和2年11月17日)と見事に一致してました。
羽後飯塚駅は駅員さんが常駐する簡易委託駅とのこと。
この時は駅員さんがご不在だったのでしょうかね?
待合室のストーブが消えてましたっけ。
待合室の中はご覧の通りでした。
ストーブを取り囲むように並べられたベンチが
いかにも雪国の駅って感じです。
四国や九州では、こんな光景はないんだろうなぁ。
駅舎内にはファンが持ち込んだと思われる
鉄道写真が飾られてましたよ。
イベント列車として運行された蒸気機関車のほか、
DD53やDD17、ノスタルジックビュートレインなどなど
今では姿を消してしまった車両の写真も飾られてます。
DD17を山形新幹線用に広軌化改造したDD19は
利府にある新幹線車両センターの引き込み線で見てたのに、
自分はなんで写真を撮ってなかったのよ?
…というかなぜ羽後飯塚駅の写真を真剣に撮らなかったのよ!
続いてはホームにイン。
羽後飯塚駅は相対式&島式ホームによる複合2面3線構造でした。
単線区間が多い奥羽本線ですけど
羽後飯塚駅より北側、八郎潟駅までの区間は複線です。
羽後飯塚駅が開業した昭和1ケタ年頃は
奥羽本線の各所に列車を行き違いさせるための信号所が
設けられてますので、
羽後飯塚駅もそんな機能を持たされた駅なのかもしれませんね。
こちらは戦後間もない頃の昭和22年に撮影された航空写真ですけど…
この時期は確か、跨線橋が設けられてた駅は珍しかったはず。
今も使われてる跨線橋、相当古いモノで間違いなさそうですね。
航空写真の西側(画像の左側)には八郎潟(湖)が並んでますが、
その方向には防雪林が植え込まれてますので
駅から湖は見えなさそうでしたよ。
新しく見えますけど実はかなり古い跨線橋。
防雪林は撤去された(枯れちゃった)のかな?
ホームから遠くに八郎潟を見ることが出来ました。
駅前には羽後飯塚駅の開業に尽力された、
地元の有力者さんの頌功碑が立てられてましたよ。
この碑は駅の開業20周年を記念して立てられたモノとのこと。
昭和22年からあるって何気にスゴイと思いません?
最後は構内のブツ撮りで〆ます。
ホームの上屋は昭和34年に設けられたモノでした。
こんなのとか…
こんなのも撮ってましたが、
もっと気合を入れて駅舎を撮りたかったなぁ。
バリアフリー化されていない駅は改修工事が進むはず、
となると、今後も姿を消す古い木造駅舎が現れることでしょう。
駅ファンはしばらく心が休まる時間は訪れなさそうですね。
土崎駅
追分駅
大久保駅
羽後飯塚駅(平成26年3月3日)
八郎潟駅
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