昨今の『AIブーム』の喧しさを聴くに付け、ジジイの頭の中が惑乱する・・・!
それは・・・、
『文明と文化は、果たしてどちらが先に走るべきか・・・?!』
と云う疑問・・・(汗)
と・・・、その前に、そもそも
『文化と文明とは、何がどう違うのか・・・?!』
と云う根本を理解出来て居ない自分が情けないのだが、これについて、昔から愛聴して来た毒舌落語家の『立川談志』は、或る噺のマクラで
≪ 不快感の解消を自分でやるのが『文化』で、出来てるモノで解消するのを『文明』と云う・・・≫
と云い、
『一番の不快感は「死」に繋がる不安や怖れ、飢え、貧乏など・・・』
だが、永く生きて居ると、この『不快』の多くを
『自分で解決して来た経験・・・!』
が有るから、文明(=モノ)に頼らなくても解決出来るし、解決しようと工夫するところに、
『文化の発達が起きるのだ・・・!』
と喝破するが、これに対して、『文明』と云うのは、この『文化』が発達する過程で生まれて来る『解決手段』を云うので有って、これ(=工夫)により
『より便利に為るのが文明だ・・・!』
と云う、実に判ったようで判らない論理で持論を展開するのだが、この伝で云うと、昨今、頓に
『より便利・・・』
に為ったAIなんてヤツは、現代文明の最先端なのだろうが、ココまで文明が発達してしまうと、ジジイなど、
『文明が文化を駆逐してしまって居ないか・・・?!』
と考えてしまうのだ・・・!
その
『駆逐される文化・・・』
の最たるモノが、『言葉』では無かろうか・・・?!
今や、我々人類の生活に
『口から発する言葉・・・』
は要らなくなったと云っても過言では無いのでは無かろうか・・・?!
だって、人類が一番重宝して来たコミュニケーションの手段(=ツール)で有る
『音声・・・』
と云うモノも、今や、一部、芸術の分野に入る『音楽&芸能』の分野を除けば、人間がわざわざ音声を発しなくても人間社会は見事に成立してしまって居るではないか・・・?!
つまりは、
『喋らない人間・・・』
でこの世の中が成り立つ時代に為って居ると云うことだが、果たして、本当にこれで善いのだろうか・・・?!
人類の元祖の『ネアンデルタール人』は、後世の人類(=ホモ・サピエンス)に比べて『声帯』と云う機能が未発達だったと云われて居るらしいが、今のような
『無声文明・・・』
が更に進めば、我々の後世人類は次第に声帯が退化し、やがて、ネアンデルタール人のような声帯にまで
『退化してしまうのではないか・・・?!』
と、文明音痴のジジイなど心配して、夜も眠れなく為るのだが・・・!
(画像は、Wikipediaより拝借)
と云うのは些かオーバーだが、それほどに、現代社会は人が直接喋らなくて済む時代に為ってしまって居る・・・!
と・・・、ココでまた『毒舌・談志師匠』の持論を持ち出すと、談志は、この
『行き過ぎた文明に抗え・・・!』
と云って居る・・・!
つまりは、人間は、折角身に着けた『文化』を守る為には、
『或る程度までは、文明を否定しろ・・・!』
と云うのである・・・!
これを、談志は、
『不愉快を解決する為には、その意思表示をしなきゃいけない・・・!』
と云って居るのだが、今の人間社会は、この『意思表示』をさせなく為って居ないか・・・?!
何故なら、その意思表示をする為には
『声に出さなきゃいけない・・・!』
のだが、これを遣ると、途端に総攻撃を受け、ヤレ『パワハラ』だの『セクハラ』だのと叩かれるのがオチだから、誰もが俯いて
『視て視ぬフリ・・・!』
をする社会に為って居るのは、実に嘆かわしくは無いか・・・?!
で・・・、この
『喋れない文化・・・』
が人間のメンタルを壊し、世の中には、『鬱病』と云う
『気の病・・・』
がどんどん蔓延って行ってしまって居るように感じるのだが・・・?!
ネアンデルタール人から進化して、折角頂いた
『声(=言葉)を出す・・・!』
と云う機能を退化させない為にも、人間、もっと喋らないといけないと想うがなあ・・・!
意味は違うが、世界で一番読まれて居るらしい『聖書』の頭にも、
『最初に言葉有りき・・・!』
と謳って在ると云うじゃないか・・・?!
だったら、もっと喋ろうぜ・・・!
などと・・・、今や喋る相手も居ない
『独り言ジジイ・・・』
が吠ざいても、説得力は無いな・・・(汗)
訳の判らない『独り言』にお付き合い頂いて居りましたら、ありがとうございます・・・(謝&拝)
