9/14のブログにこう記しました:

先日、銀座線に乗って虎ノ門、新橋、日本橋を巡り(上野で展覧会を見たあと)、今度は大手町から東西線で九段下へ。

 

では、上野で見た展覧会とはなんだったのか?

「東京都美術館開館100周年記念 この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス」展でした。

 

入場料一般1200円なのに同じ都美の大英展の半券を出すと、100円で見られる、というなんだかよくわからない仕組みの展覧会です?!

 

 

第一部「上野—東京都美術館の100年」はわかりやすい内容でした。

在りし日の都美術館の姿が様々な形で浮かび上がります。

昔のドキュメント写真などには、岡田信一郎が手がけた都美術館の建物(現在の前川國男の建物はそのあとの改築)が写っていたり。

ちょっと神殿風の建物でした。

 

なぜか所蔵者の名前が明記されていない引き伸ばし写真を何気なく見ていたら、なんと朝倉文夫の2人の娘でアーティストの摂・響子姉妹が、カメラから目線を外してごく自然体で初代都美術館の前にたたずんでいました。

2人ともすごくいい笑顔。

余暇で訪れたのでしょう、カメラマンは文夫氏かしら?

 

 

第二部は、セミアマチュア画家ともいえる無名の人にスポットを当てた「大牟田—江上茂雄の100年」です。

 

江上茂雄さん、ルソーみたいな日曜画家的な方で、それが100周年記念展に出るというのは不思議。

でも、大量の作品を見ていたら、味があってなかなかよいのです。

 

とくに親族宛ての絵手紙などは、色彩感覚・レイアウト力が抜群。

確かな筆さばきです。

長い間コツコツと描いてきただけのことはあるなぁ、素晴らしいなぁと最後は感服しました。

 

 

そして第三部「ブエノスアイレス―《百日草の庭》をめぐる100年」。

美術館から託された人がブエノスアイレスまで画家探しをしたその報告会のような展覧会。

ブエノスアイレスに渡った画家に固執したわけがわかりました。

 

東京都美術館の購入第一号の2作のうち1つが《百日草の庭》と題された謎の絵だったのです。

(もうひとつは、鈴木昇一の《臨海学校》で、鈴木氏は学校の先生であることが判明しています。)

でも《百日草の庭》のほうは、藤岡鉄太郎という画家名はわかるものの正体は不明。

なぜこの絵が購入されたのか?

作者に関し一切情報がないということは、海外にでも渡ったのか?

 

そんななか、ブエノスアイレスに渡った日本人のなかに藤岡鉄太郎という同姓同名の人物を発見。

疑問を解消するためのブエノスアイレスへの旅。

結果は??

 

南米の藤岡氏も、《百日草の庭》作者もともに絵に記したサインはFujioKA。

最後2文字が大文字。

これは同一人物では?

ただし、《百日草の庭》の作者の読み仮名は、ふじおかかねたろう、南米の人はふじおかてつたろう。

ここで少しつまずきますが、南米の彼の庭は花盛りで、百日草も含まれていたといいます。

とはいえ親族も直前に亡くなるなど証言なく、一つの可能性を投げかけて、調査の旅は終わります。

 

 

出口そばには、花にまつわる思い出を一般公募したコーナーがありました。

花と亡くなった人が結び付き、故人をしのぶメッセージが多く、ほろりとしました。

 

 

 

 

 

撮影禁止も多かったので無難なところで以下、第二部:

 

 

 

 

この展示スペース、いつもながら愛想がありません。↓