aroma1103さんのブログ -26ページ目

亡き父を偲ぶ

もうすぐ御盆ですね。今日はネガティブな話なので苦手な方はスルーして下さいね
 私の父は3年前に術中のアクシデントが元で亡くなりました。調子が悪く近所の内科で心電図をとって貰ったら、おかしいから紹介状書きますから○○病院に行って!と言われ行った所、手術をしないと2~3年しか生きられない…と医師に言われて。それ迄ボーリングや釣りに行ったり、温泉旅行に行ったり…凄く元気でした。入院の前日まで車の運転をし手術直前まで時間が押したので私達姉弟と談話室で笑ったり話してたし普通に歩いてました。食事も完食でした。倒れる前に手術しましょう!と医師が勧めたから受けようと決めた手術中に突然呼び出しがかかり「手術が終って自発呼吸始めたら、出血が止まらなくなり再手術になります。再手術しないと心不全を起こします」と若い医師に言われ同意書にサインするしか無かったです。予定では10時間の手術が、結果18時間かかり術後から重篤だと言われ…。取り敢えず弟を残し、朝5時に帰宅しシャワー浴び仮眠を取り夕方また病院へ。血圧が安定しないので薬で眠らされてました。それから1週間後に急変し再手術。その後ずっと1ヶ月以上眠らされたまま…ご飯も食べれず、TVも観れず、動けず、私達の姿も見れず…とても可哀想な姿でした。管は数え切れない程…尿が出ないので浮腫みで20㎏も増え指や唇は割れ出血して…医師に説明を求めても、忙しいとか逃げられる事も多く…。終いには院内感染起こし…。私達姉弟は医療ミスで訴える気でした。沢山の資料や日記をつけていたし、ICレコードに医師との会話も撮ってました。手術説明(インフォームドコンセント)も、まともな物では有りませんでした。しかし医療裁判は勝てない事は承知でしたが…某有名病院だったし弁護士の卵の友人に相談しても難しいのでは無いか?と。また弟が医療系の仕事をしているので影響しないか?など色々あり断念と言うか身動き出来ないまま私がガンを患い…。お父さん、敵討ち出来なくてゴメンね(涙)御盆に、また帰って来てね(*^^*)

咳ばらひ 父かと思ひ 振り返る


何もかも 遺品に見えて 捨てられず(季語なし)


父が愛した俳句。細々、私達も始めたよ♪父が所属していた、ホトトギスの皆様に誘われて。生前教えて貰えば良かったなぁ…。

昨日の真田丸!

やはり秀吉の死期が近付いて来ました。老いは怖いものだと感じましたね。誰にでも老いや死は訪れるものなのですが…。私も病気をして今年のお正月に死を近いものに感じました…。余談ですが私は父を亡くしてますガーン母は脳疾患が原因で右片まひと認知症です。10年自宅介護しケアマネさんに、もう十分やりました。これ以上の自宅介護は無理です…と言われ数年前に施設にお願いしました。だから老いや死に対して過敏になってしまいます。自分の病気も含めて…。話は反れましたが、秀吉は幼子の将来を心配し何度も繰り返し三成や信繁、家康に拾の事を頼む。そして淀殿に、秀吉と拾の時間を出来るだけ増やして欲しいと頼めば、老いて行く父を見せたくないと拒否する…。ん~、淀殿の気持ちも解りますでも冷たいな~と思いました。前回の秀次事件の冷酷かつ残酷な事をした秀吉ですが、気の毒に見えました。そして苦楽を長く共にした寧々…。沢山の側室を作られ、それでも唯一無二の妻は寧々です。なんとも寧々が痛々しい気がしました。三谷脚本だから、あまりジメジメ描かれないですが。
 秀吉が逝去して僅か数年で関ヶ原の戦いとなるのですが本当の信繁(幸村)の活躍は、ここからです。実際は関ヶ原の戦いまで詳しい信繁の史料は少なく、何をしたのかハッキリ解って無い様です。関ヶ原の戦い→大阪冬の陣→夏の陣で家康を二度も追い詰め「日本一の兵」と謳われるのです。皮肉にも壮絶な死を迎え花開く信繁なのです。ここまで秀吉、豊臣の為に命かける信繁。とても情が深い人だったのでしょうね。折り返し地点を過ぎてしまった真田丸ですが、まだまだ楽しみです!たまにコミカルなシーンを入れて来る三谷脚本(笑)信繁の兄・信幸に、元正室おこう・現正室稲姫2人の妊娠が解るなど笑えるシーンが有ったり(笑)また来週の真田丸まで待てな~い!!って感じです(*^^*)

今日は真田丸!

毎週楽しみにしてますが…秀吉の暴走?異変?残酷さが度を超えて来ました。前回の秀次の切腹後の妻子や侍女処刑は酷すぎます。真田丸は主演の信繁(幸村)に直接関わり無い事はカットされてる?脚本みたいですが…色々な悲劇が隠されてますね。秀次が高野山に着いた頃か?東国一の美少女と言われた政宗の従妹駒姫が秀次の側室に上がる為に京へ。まだ幼い頃より駒姫を側室に…と所望されていた最上氏(政宗の母義姫の実家)最上氏は駒姫を溺愛しており何度か丁重に断りましたが「15歳になったら側室に上がらせて」と時の関白に言われたら断れないですもんね。その時が丁度…まだ秀次と顔も合わせないうちに駒姫まで処刑されてしまいます。一説には最上氏が方々に駆け回り助命嘆願し、淀殿まで処刑を止め秀吉が助命を許したのに関わらず早馬が間に合わず…と言う説も有ります。この事で後の関ヶ原の戦いで最上氏や政宗が徳川方についたとも言われています。
 話は変わりますが、秀吉と寧々は当時珍しい恋愛結婚だったそうです。しかも秀吉はバツイチ25歳、寧々は14歳で結婚。寧々の方が身分が高く反対も有ったそうですが2人は結婚しました。残念ながら子に恵まれず…。2人に子が居たならば豊臣政権は磐石だったかも知れません。だいたいのドラマでは秀吉には淀殿との2人の子しか授かってないと描かれてますが、長浜城主時代に側室南殿との間に2人(男女)を授かっています。残念ながら2人とも夭逝してしまいましたが…。だから淀殿が懐妊しても不思議では無いと思います。勿論、秀吉が高齢で難しいとの解釈も解りますが…。
さて、今夜の真田丸は秀吉が、どうなって行くのでしょうか?