野原に咲く小さな花と青空

過去のできごとに対する後悔や罪悪感、

怒りがあたまから離れない。というとき。

 

それはもしかしたら、

あなたの責任ではないことについて

どうにかしようとしているのかもしれません。

 

このような思いがずっと頭をめぐり、

くるしい。そんなことはありませんか?

↓

 

以前に起きたことを思い出しては

「どうしてもっと優しい言葉をかけなかったのだろう?」

と自責をしたり

 

「あの私の態度が母を困らせていたのだろうか。」

自問自答をしたり。

 

逆に相手に対する

「あのときもっと社長が早い判断をしてくれていたら!」

おさまらない怒りがあったり。

 

「私があの道を通らなければ事故にあわなかったのに。」

相手不在の事件や事故を悔やんだり。

 

 

このように

いくら考えても正解が見つからないできごとに対して

 

自分を責める気持ち相手へ腹が立つ。

状況を変えたくなる気持ちを抱えている。

タラ・レバの思いが止まらない。

 

そんなとき。

一度『境界線』という観点から

そのできごとをみてみませんか。

 

◇

 

私たちはそれぞれがいつもそのときの最善でいます。

(意識しているしていないに関わらず。)

 

生きる上で できることをしているし、

できないときもあって。

 

そんなときには自分がイヤになったり。

相手に求めてみたり。

 

それも自然なことでしょう。

 

「自分ができること・できないことの基準」は

その人の価値観・自分へ課しているルールでも違いますし、

育った家庭環境や文化、体力や年齢によっても異なります。

 

ですので、すべての人に一律の

「自分ができること・できないこと」という基準を

設けることはできないのですが、

境界線をみるときに3つの大事なポイントがあります。

 

~境界線の3つのポイント~

 

◯自分が責任を取れる領域以外

(相手の領域や神<事件、事故や災害など>の領域)に

足を踏み入れていないか?

 

◯最終的にその気持の責任を取れるのは、誰だろうか?

 

◯責任を考えたとき、それは精神的に自立した

二人の大人同士のものだろうか?

 

 

ということです。

 

 

例えば

 

取り消したくなるような自分の発言をしてしまったようなとき

「相手を傷つけてしまった!」と思ってこちらは謝る。

 

けれど相手は怒り続け「どれだけ傷ついたと思っているの!」と

許す気配もみえない。そんなとき。

 

 

相手の怒りや傷を

 

最終的に

 

どうにかできるのは、誰。

 

でしょうか。

 

あなたがするべきことをした(謝った)あとに

許すか怒り続けるのか。

これは誰の領域にあたるでしょうか。

 

逆もしかりです。>>②へ続きます

 

どうぞご自分にも一息を^^

 

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